神谷武夫
● この稿は、『原術へ』のサイトの中の「あいまいな日本の建築家」に、追補 3「設計業者とは何か」として、移設しました。
● 9月から10月にかけて、ブルガリアとトルコに行っていましたので、先月は新しい記事を載せられませんでした。ブルガリア に行ったのは、今まで あまり情報のなかった、東欧のイスラーム建築の調査・撮影のためです。現在、写真を整理中ですが、そのうちに「ブルガリアのイスラーム建築」の報告が できると思いますので、乞う、ご期待。
● 『世界のイスラーム建築』のサイト中の「中国のイスラーム建築」は、知られざる中国の 清真寺(モスク)を 日本で初めて、総合的に紹介するものですが、全部で 86ページにもわたる 長大なものとなりました。 全体を3部構成とし(南部、西部、北部)、さらに それぞれを 前後のパートに分けたにも関わらず(あるいは、そのゆえに)ある地のモスクを探すのに、各章を えんえんとスクロールしなければ なりませんでした。
![]() ● 先月(7月2日)、東京都 現代美術館の 学芸担当課長と称する、長谷川裕子さん という人から、次のようなメールが届きました。
ところが、週の前半どころか、後半になっても 一向に電話がなく、メールが来るでもないので、もしかすると 誰かの「いたずらメール」だったのかとも思い、7月13日に、もらったメールが付いたままの、次のような 返信メールを送ってみました。
もし 誰かの「いたずらメール」だったとすれば 当然、そんなメールを 自分は出した覚えはない、自分のメール・アドレスから何から知っている 身近な者の「いたずら」のようだから 調べてみる、とでもいった返事が来るだろう と思っていました。 ところが、何の返事もありません。 でも 考えてみれば、誰かが こんな「いたずらメール」を 私に出しても、何の益もないことです。わたしの返信メールは きちんと届いている ようですから、やはり これは「いたずらメール」などではなく、本人が、東京都 現代美術館の 担当課長 として、私にメールを よこしたのでしょう。
● 『イスラーム建築 』の本は、あいかわらず出版されていません。 と言うより、どこの出版社も マフィアの要請に応えて、私の本の出版を拒否していますので、この『イスラーム建築』の出版は、ほとんど 絶望的になりました。マフィアを恐れて(あるいは マフィアと つるんで)、言論や出版の自由を守ろうともしない 日本の出版界を見るにつけ、(また、その姿勢に同調している新聞社や放送局の姿を見るにつけ)、多くの日本人が非難している中国や北朝鮮や、その他の全体主義的国家による 人権や言論の弾圧 と なんら変わらない この国の状況を見、この国の将来を考える時、暗澹たる気持に ならざるをえません。(東京大学 までマフィアの支配下にあるのですから、新聞やテレビの報道も マフィアの圧力で歪められていることは 自明の理です。) ![]()
「アンコール王朝の建築」の下の方に、シェムリアプ市の 風雨橋 の写真を載せ、「中国南部の 三江近辺の少数民族、トン族の 風雨橋 に倣ったものだろう」と書きましたが、何のことやら わからなかった方が 多かったかもしれません。 そこで、「世界建築ギャラリー」のページに、「建築作品」というべき 中国南部のトン族の「風雨橋」を 紹介しておくことに しました。ここをクリック すると、「中国南部の風雨橋」のページに とびますので、興味のある方は ご覧ください。
![]()
● 『 インド建築案内 』が、なんと 絶版 になります。この本は、1996年の秋に TOTO出版から、初版1万部で 出版されました。多くの新聞や雑誌で紹介されたこともあって、大評判となり、たちまち 売り切れに近くなりましたので、翌年の春には 第2刷りとして 5,000部が 増刷されました。インド全域の建築作品を 古代から現代まで網羅して カラー写真とともに紹介した本というのは、インドにも 無かったので、2002年に英訳されて、英語版 ("The Guide to the Architecture of the Indian Subcontinent") 1万部が、インドで出版されました。さらに 2003年には、日本で 第3刷りが 4,000部 増刷されました。日本で 建築書が1万部以上売れるというのは 異例なことで、今までに TOTO出版が出した本の中では、第4位の 売れ行き だそうです。 < 古書についての参考事項 > : 初刷り (1996) は「無線綴じ」なので、へビーな使い方をすると、本のページが バラバラに なってきます。でも、インドに よく旅行する方で、旅行の都度、この本の 必要な部分のみを バラして持っていく という人には、初版の方が 却って便利だと言う方も います。第2刷り (1997) から「糸綴じ」になりましたので、相当 乱暴な使用にも耐えます(バラバラに なりません)。第3刷り (2003) には、小口に、辞典のように、州ごとの「見出し」が付いていますので、旅行だけでなく、研究などにも便利です。 古書を購入するときには、巻末の 奥付けで、刷り数(発行年度)を お確かめください。
● 2月に カンボジア に行ってきました。アンコール・ワットを はじめとする アンコール文明の建築と遺跡を撮影するためです。意外に思う方もいるでしょうが、私が アンコールの建築 を訪れたのは、今回が最初です。かつて何度も行こうとしながら 紛争に妨げられて行けず、近年は イスラーム圏を主としていたために、インド圏とは やや縁が薄くなっていたからです。やっと腰を上げて シェム・リアプに行ってみたら、戦火とは はるかに遠く、今では そこは 楽園のようなところでした。 簡単な報告として、「アンコール建築・写真ギャラリー(アンコール王朝の建築)」を作りましたので、興味のある方は、ここをクリック して ご覧ください。 (2012 /03/ 01)
● 今年もまた、昨年と同じ挨拶で事足りますので、ほとんど そのまま 再録します。
ラスキンの『 建築の七灯 』
● 「古書の愉しみ」の第9回は 建築の古書に戻って、ジョン・ラスキン(1819-1900)の名高い 「建築の七灯」です。ラスキンは美術評論家として出発し、「近世画家論」や「ヴェネツィアの石」を書いて、若くして有名になり、その後も多くの本を出版しました。次第に社会思想家となり、明治時代の日本では、むしろその方面でよく知られていました。「建築の七灯」は彼の最初の完結した本であり、何度も繰り返し重版された建築書です。 ここをクリック すると、今から 100年前に出版された「建築の七灯」のページに とびますので、興味のある方は お読みください。 (2011 /12/ 01) マルグリットの『 七日物語 (エプタメロン)』
● 「古書の愉しみ」の第8回は、前回に続いて フランスの 「挿絵本」を採りあげます。建築書ではありません。 ただし前回の「青い鳥」とは、さまざまな意味で対照的な「七日物語(エプタメロン)」です。15世紀、フランス王家に生まれて、スペインのナヴァーレ王と再婚したことから ナヴァーレ王妃・マルグリット と呼ばれる、当時有数の知識人であった閨秀作家が書いた 艶笑譚集です。 これに 20世紀のフランスの挿絵画家・シェリ・エルアールが、ポシュワールによるエロティックな挿絵を描いて、魅力的な本にしました。ここをクリック すると、「エプタメロン」のページに とびますので、お読みください。 (2011 /11/ 01)
![]()
●● 今から18年前に、ジョージ・ミシェル の『ヒンドゥ教の建築』を翻訳して、鹿島出版から出版しました。(当時は発音を間違えて、ジョージ・ミッチェルと書いてしまいましたが。)彼はその後も 精力的に本を書き、共著を含めれば 数十冊の本を出版しています。世界で最も活躍するインド建築史家と言えるでしょう。そのジョージが、友人のアメリカ人の建築史家、ジョン・フリッツとともに来日し、先週、私の事務所を訪ねてくれました。彼が今書いているのは、イスラーム時代のインドの ヒンドゥ教やジャイナ教の寺院建築の本で、今まで誰も手をつけていなかったテーマだと言っていました。 メーテルリンクの『 青い鳥』
● 「古書の愉しみ」のページは、今まで6回にわたってジェイムズ・ファーガスンの本をはじめ、硬い建築史の本ばかりを採りあげてきました。そこで、しばらく建築の専門書を離れて、純然たる「古書の愉しみ」にふけろうと思います。まず採りあげるのは、メーテルリンクの『青い鳥』です。おそらく誰でもが知っている、チルチルとミチルの兄妹が 青い鳥を求めて夢の世界を旅する という物語です。 あまりにも有名なこの話は、子供向けの「絵本」として世界中で無数に出版されてきましたが、今回採りあげるのは 子供向けの「絵本」ではなく、大人向けの「挿絵本」です。「絵本」とはちがう「挿絵本」とは何か。それを、すべての図版ページとともに紹介します。 ここをクリック すると、「青い鳥」のページに とびます。 (2011 /10/ 01) 古書の愉しみ 6. 『 歴史的探究 』
● 「古書の愉しみ」の第6回は、またまた ジェイムズ・ファーガスンの本です。前回紹介した『フリーマン建築史』と同年の 1849年に出版された『芸術、とりわけ建築美に関する 正しい原理への歴史的探究(An Historical Inquiry into the True Principles of Beauty in Art, more Especially with Reference to Architecture)』です。 最初に「世界建築史」を書いたのは誰だろうか、という問いに対する、私なりの回答編というわけです。 ここをクリック すると、そのページに とびます。 (2011 /08/ 20) 古書の愉しみ 5. 『フリーマン建築史 』
● 「古書の愉しみ」の第5回は、ファーガスンの『世界建築史』よりも もっと早く書かれた「世界建築史」です。後にイギリスを代表する歴史家となる エドワード・オーガスタス・フリーマン が、弱冠 24歳で書いた、『建築史』 なので、ここでは第3回の『フレッチャー建築史』にならって、『フリーマン建築史』と呼ぶことにします。 ここをクリック すると、そのページに とびます。 (2011 /07/ 10) ブハラの「 サーマーン朝の廟 」
● 『イスラーム建築 』の本は、あいかわらず出版されていません。 大震災のあと、「日本は ひとつ」というような標語が だいぶ流れましたが、日本の建築界は ひとつどころか、ますますマフィアに分断・支配されていて、人々は 人間的な言葉ひとつ 発することができなくなっています。『イスラーム建築』の、出版契約さえ無視して 出版拒否をしている 彰国社 ばかりでなく、マフィアを恐れて(あるいはマフィアとつるんでいて)、言論や出版の自由を守ろうともしない 日本のすべての出版社も、私の本を 出そうとはしません。
●● 春、ゴールデンウィークも終わって、大震災や原発の被害が一段落とは とても言えませんが、大学は やや遅れて新学期が始まりました。 新しい気持ちで 建築を学ぼうとしている「建築科」や「建築学科」の学生諸君には、このHPの中の、「原術へ」 のページの「解題」を ぜひ読んでほしい。そして「文化の翻訳」、「何をプロフェスするのか」、「あいまいな日本の建築家」を読んで、「アーキテクチュア」とか「アーキテクト」の意味を知ってほしい。そして これらについて、友人と議論してほしい、と願っています。 古書の愉しみ 3. 『 フレッチャー建築史 』
● 「古書の愉しみ」の第3回は、ファーガスンの『世界建築史』と覇を競った、『フレッチャー建築史』です。フレッチャーの死後も改定を重ねて、現在 第 20版が出ていますが、ここでは 古書としての第5版と、その邦訳版を採りあげます。ここをクリック すると、フレッチャーのページに とびます。 (2011 /04/ 24) 古書の愉しみ 2. 『 世界建築史 』
● 「古書の愉しみ」の第2回は、前回と同じく ジェイムズ・ファーガソンの本で、『インドと東方の建築史』と並ぶ主著の『世界建築史』です。まだ東アジアや中南米が不十分だったとはいえ、ひとつの著作の中に 世界中の建築が大量の図版とともに詳解された、最初の建築史の書物です。
「ファーガソン」の表記は、世間の足並みにそろえ、2019年9月に「ファーガスン」に変更しました。 (2019 /09/ 01) 古書の愉しみ 1. 『インドと東方の建築史』
● 長年 インドやイスラームの建築を研究していると、新刊書ばかりでなく、多くの古書を蒐集してしまうことになります。インド建築史やイスラーム建築史が研究され始めたのは19世紀半ばなので、200年以上前の本というのはありませんが、100年前、150年前に出版された本というのは 珍しくありません。19世紀には現在のような写真製版がなかったので、中の図版は銅版画や石版画、木版画でなされました。 表紙が革装の美しい本もあり、単に読むだけではない、古美術品のような趣も呈します。 謹賀新年 2011
● 今年もまた、昨年と同じ挨拶で始まります。 『イスラーム建築 』 の本は、彰国社が4年にわたって出版拒否をしていますので、いまだに出版されていません。建築界は相変わらず腐りきったままで、沈滞ムードにあるのは、経済の停滞からくる ばかりではありません。東大は村松伸 准教授(生産技術研究所)の無法行為を容認したままですので、私が彼から依頼されて書いた「ジェイムズ・ファーガスンとインド建築」を収録する『建築史家たちのアジア「発見」』も、原稿を渡してから9年半になりますが、いまだに出版されていません(風響社)。 アルメニアの音楽 など
● 前に、アルメニアの歌手 を断続的に紹介していましたが、長い中断のあと、久しぶりに新しい CDを紹介します。今回は 歌手というよりは器楽のグループで、ベルギーの アラックス(ARAX)という名のグループで、アルメニア人の男4人、女1人の編成です。チェロやフルートやギターなど 西洋楽器を用いますが、中心になるのは、ヴァルダン・ホヴァニシアンによる ドゥドゥク という、アルメニアの民族楽器です。オーボエに似た木管の縦笛で、実に繊細で 哀愁に満ちた音色を奏でます。私は昔 ブロックフレーテ(リコーダー)で バッハなどのバロック音楽を吹いていましたので、アルメニアに行った時に試みてみましたが、ドゥドゥクは 音を出すのが はるかにむずかしく、買ってくるのを あきらめました。 ![]()
●● 映画芸術の愛好家なら、パラジャーノフ の名作、『ざくろの色』という映画を ご存知でしょう。DVDが売切れとなって、中古 DVD市場では えらく高い値段がついていましたが、このたび、やっと新版が デジタル・リマスター版として発売され、入手しやすくなりました。
そうした彼の美術家としての作品集としては、フランスで行われた彼の展覧会の 図録 がありますが、実物が見られる 彼の私設美術館 が、アルメニアの首都 イェレヴァン にあることは、あまり知られていません。それは、彼が世を去った翌年の 1991年に 自宅を改装して、彼の作品のみを展示する美術館としたものです。2階建ての小さな美術館ですが、所狭しと飾られた、それら 自由奔放な興味深い作品群を見ていると、時のたつのを忘れます。上に、サイト上の展示をしましたので、各写真をクリックして ご覧ください。(『アルメニアの建築』のサイトの、「アルメニア雑纂」 のページに移設しました。 (2011 /01/ 01) 「 続・パキスタン 建築紀行 」
● 9年ぶりに パキスタン に行ってきました。短期間の旅でしたが、ラホールのイスラーム建築や、インダス文明の遺跡を 撮影し直してきました。インドの経済的躍進と比べて、パキスタンは対テロ戦争や政情不安、そして この夏の大洪水による災害もあって、経済的には沈滞しています。古建築もスモッグに覆われて悲しげでしたが、簡単な報告を、9年前の「 パキスタン建築紀行」に、続編として付け加えました。ここをクリック して お読みください。 ( 2010 /12/ 01 ) 「 インド・イスラーム建築史 」の完結
● 新潮社の改訂版『新潮世界美術辞典』の項目による「インド・イスラーム建築史」は、前回の「ムガル時代」に引き続いて、「その他の項目」および「イスラーム以後のインド建築」の項目 を加えて 完結しました。写真は全部で 110点あまりを、新規に スキャンしたことになります。 辞典項目による 「 インド・イスラーム建築史 」
● 今年の冬、新潮社の『新潮世界美術辞典』の改訂稿を執筆していました。 この辞典が出版されたのは 1985年のことですから、もう 25年も前のことです。世界的に見ても優れた美術辞典だと思いますが、25年間 まったく改訂をしていなかったので、少々内容が古くなってしまいました。特にイスラーム美術やコロニアル美術の項は、当時は十分な扱いを受けていません。私は インドのイスラームと その後の建築の項の改訂を担当しました。 スルタンハヌ の キャラヴァンサライ
● 夏 たけなわですが、『イスラーム建築 』 の本は、あいかわらず出版されていません。どうぞ、出版社(彰国社)に強く抗議してください。 『 建築と社会 』7月号の 「インドの石 」
● 関西の建築関連団体に「日本建築協会」というのがあります。大正 6年に「関西建築協会」として設立された、90年の歴史をもつ老舗団体です。 当初は 関西の建築家を大同団結しようとする組織でしたが、次第に 広く建築・建設関係のゆるい団体となったようです。その機関誌『建築と社会』の 7月号が、「建築と石」という特集をしています。執筆者は、長尾重武、三宅理一、神谷武夫、渡辺明次、倉片俊輔、竹内良雄、新見隆、黒田龍二の諸氏です。 スペインと イスファハーン
● 毎月1日か2日に、この「お知らせ」欄に 新しい記事を載せるようにしていますが、しばらく スペインに行っていたために、今月の初めには 書くことができませんでした。ポアされたわけでは ありません。22年ぶりに訪れたスペインは、その後 オリンピックや万博を経て高度経済成長を遂げ、EUに統合されて、ずいぶんと様変わりしました。当時は 物価の安い旅行者天国で、ひなびた町や村を 存分に旅することができましたが、今はそういうわけにいきません。それに 観光客の激増で規制が厳しくなり、有名なところは 写真を撮るのも むづかしくなっています。撮影禁止、三脚使用禁止、常時閉鎖、曜日や時間による入場制限、バスの本数減、タクシー代の高騰 等々で、持っていったフィルムの三分の一は 使わずじまいでした。 ● ここの部分は、『原術へ』のサイトの中の「あいまいな日本の建築家」に、追補 2として、移設しました。
スペインを旅行中に、日本の首相は 鳩山由紀夫氏から 菅直人氏に変わっていました。小沢一郎氏も退陣して、民主党が 当初の期待にそった クリーンな政党になり、国民への目線を堅持することになりそうなのは、喜ばしいことです。この閉塞した日本の社会も いよいよ変わっていくかもしれない という期待を、いくらかでも持たせてくれます。それに比べて、日本の建築界には 一向に改革の動きが現れず、マフィアの支配に黙したまま 自滅の道を たどろうとしているのは、情けない限り と言うべきでしょう。 ( 2010 /06/ 16 ) ![]()
●● 私の書いた本『イスラーム建築』は、奥付の 著者略歴欄に 私のホームページのアドレスや住所を載せようと しているから、という 誰にも信じられない理由で、出版社の彰国社が 出版契約も守らずに、出版拒否したままで3年以上が経過しています。 私は非暴力主義者ですから、テロに訴えることはなく、ただ HP 上で、言論によって 世の中に訴えています。で、今回も その第1章「イスラーム建築の名作」から、イスファハーンの「王のモスク」(イスラーム革命によって王制が倒されてからは「イマームのモスク」と呼ばれている)の項を この HP に載せて、本の内容を 皆さんに判断していただきたいと思います。お読みになりたい方は ここをクリック してください。 最近の本から (細密画入り写本)
●● ヨーロッパを旅していると、美術館や修道院が所蔵する 古写本の細密画を見て、写真では十分に伝わらない その美しさに魅了されます。そうした細密画が 最も発展したのは、イスラーム世界だといえましょう。細密画というのは 独立した絵画作品として描かれることもありますが、本来は 本の挿絵として生まれたものです。偶像崇拝が禁止されていることから、モスクやマドラサなど、公的施設、とりわけ宗教建築においては まったく絵画(壁画)がありませんので、絵画は、裕福な人が私室でプライベートに楽しむ 写本の挿絵として描かれました。 ![]()
●●● 「ジャイナ教の建築」の中の「『カルパ・スートラ』の写本」の章は、気軽に書き始めたものの、正確を期すために、所蔵する多くの本を読みながら書いているうちに どんどん長くなり、時間が足りなくなりで、いまだに完成せず、未定稿のまま載せてあります(申し訳ない)。『カルパ・スートラ』という聖典名については、初めて耳にする方が多かったことでしょう。インドに何度か行かれた方は、どこかの美術館で 目にされているはずですが、『カルパ・スートラ』という名前を知らなければ、あまり記憶に残らなかったかもしれません。で、そうした方、あるいは ジャイナ教に興味のある方に、本を紹介しておきます。
![]()
もっと、見ても楽しい『カルパ・スートラ』が 1977年にインドで出版されていたらしく、4年前に新版が出たのを 今年になって初めて知り、取り寄せました。インドにしては きれいな造りの上製本で、プラークリット語の原文と ヒンディー語訳、英語訳が対訳で載せられていて、そこに、ムンバイの プリンス・オヴ・ウェールズ博物館所蔵の 16世紀の古写本『カルパ・スートラ』からの、細密画の複製 36点が貼り込んであります。この複製が 日本の美術印刷並みであれば 申し分ない本になったのですが、残念ながら 少々 写真製版と印刷のレベルが低いのが難点です。 ![]()
●●●● ヨーロッパにおける 細密画入り写本の伝統を受け継いでいるのは、文学者と画家の組み合わせによる、近代の「挿絵本」です。オーブリー・ビアズリーの絵で飾られた ワイルドの『サロメ』や、ウィリアム・モリスのケルムスコット本で バーン・ジョーンズが挿絵を描いた『チョーサー作品集』は、19世紀末の最高傑作に数えられます。しかし それらは いずれもモノクロの絵であって、カラーの挿絵が普及するのは アール・デコ(1925年に展覧会)の時代です。それを代表するのが、日本の浮世絵版画の影響を強く受けたフランスの画家、ジョルジュ・バルビエ (1882-1932) です。彼は ファッション画で名をなしましたが、私は むしろ彼の挿絵本に魅了されます。ゲランの 『散文詩』、ピエール・ルイスの『ビリチスの歌』、ラクロの『危険な関係』、アンリ・ド・レニエの『ラ・ドゥーブル・メートレス』など、約 30冊の挿絵本を制作しました。これらは一種の「写本」と言うこともでき、いずれも 半ば手製なので、小部数の出版でした。 『 カルパ・スートラ 』の写本と <株式会社>
● 昨年の春に、アンドレア・マルコロンゴという イタリアの修復建築家からメールがきて、ラーナクプルのアーディナータ寺院 の実測をして、精巧なCAD図面にまとめたという。その主要なものを 論文とともに送ってくれたのを見て、図面の美しさに感銘を受けました。そこで、もし彼が希望するなら、私のホームページの中の「ジャイナ教の建築」のページに、それを紹介するスペースを提供する と申し出たところ、彼は喜んで、ぜひそうしたいとのことでした。ところが、またしても マフィアから圧力がかかり(彼らは すべての私の電話を盗聴し、メールを盗み見ています)、彼は図面も英訳論文も送ってこず、音信を絶ってしまいました。(こういうことが しばしば起こ
るので、こちらは馴れっこになっていて 驚きませんが。)
● ここの部分は、『原術へ』のサイトの中の「あいまいな日本の建築家」に、追補 1として、移設しました。(新建築』2月号の巻頭エッセイに、建築家の仙田満氏が「創造性を喚起する社会へ」という文を書いているのが目につきました。・・・・)
どうぞ、何でも ご意見をお寄せください。メールはこちらまで kamiya@t.email.ne.jp 「 エルサレムの 岩のドーム 」
● 今月もまた 『イスラーム建築 』の第1章「イスラーム建築の名作」 の中から、「エルサレムの 岩のドーム」 (イスラエル) を、『世界のイスラーム建築』のサイトの 同名ページに載せることにしました。これは、イスラームが誕生してから、最初に建てられた本格的なイスラーム建築です。しかしモスクではなく、キリスト教の殉教者廟にならった 円堂(ロトンダ)で、太古からエルサレムの神殿の丘(モリアの丘)にあった「岩」の上に、ドーム屋根を架けたものです。その岩というのは、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教ともに先祖と認めるアブラハム(イブラーヒーム)が 息子イサクを神への犠牲として捧げようとした岩であり、また『クルアーン』の中で 預言者ムハンマドが「夜の旅」をして、そこから天へ昇天したという伝説の岩です。私が訪れたのは、もう 24年も前のことですが、当時も今も パレスチナは紛争地で、安定した平和は訪れません。こういう世界は、いったい いつまで続くのでしょうか? ここをクリック すると、「岩のドーム」のページにとびます。 ( 2010 /03/ 01 )
● 出版拒否が続いている間に、当の出版社から、火事場泥棒のようにして 本を出す人がいるのには 驚きました。 謹賀新年 2010
● 21世紀も 早や10年目にはいりましたが、今年もまた 昨年と同じ挨拶で始まります。『イスラーム建築 』の本は、彰国社が3年にわたって出版拒否をしていますので、いまだに出版されていません。長年続いた自民党政権が民主党政権に変わりましたが、建築界には変化がなく、腐りきったままです。東大は村松伸准教授の無法行為を容認したままですので、私が彼から依頼されて書いた「ジェイムズ・ファーガスンとインド建築」を収録する『建築史家たちのアジア「発見」』も、原稿を渡してから8年以上になりますが、いまだに出版されていません(風響社)。 ![]()
●● TBSテレビで 毎週 日曜日に放映されている『 THE 世界遺産 』のシリーズ番組で、11月に「タージ・マハルとアーグラ城」の監修をしましたが、続けて インドの「コナーラクの太陽神寺院」の監修をしています。この HPのトップ・ページの写真としても使っている、スーリヤ寺院です。「ユネスコ世界遺産」の中の コナーラクのページは こちら を ご覧ください。TVの放映は、今月、1月 24日の夕方6時です。 (2010/01/10) マリの イスラーム建築
● 11月に、アフリカの マリ共和国 に行ってきました。今までエジプトやアルジェリアなど、アラブ・アフリカへは何度も行っていますが、ブラック・アフリカに行ったのは初めてです。土の文化圏におけるイスラーム建築の調査と撮影が目的でした。マリの第一印象は、30年前の南インドに よく似ている、ということでした。暑さも天候も、町の様子も、人々も。通貨が固定相場なので 両替率が悪いのと、公共交通の不便なのには閉口しましたが、治安がよいのには感心しました。 有名な ジェンネの大モスクに行ったら、ユネスコ世界遺産に登録されているにもかかわらず、一部が破壊されているのに驚きました。それは、なぜだったのでしょうか? 詳しくは、『世界のイスラーム建築』のサイトに「マリのイスラーム建築」というページをつくり、概要を載せましたので、お読みください。 ここをクリック すると、そのページに飛びます。 ( 2009 /12/ 02 ) ![]()
●● マリの歌姫、ロキア・トラオレ を紹介します。アフリカ音楽というと ドラムを中心としたにぎやかな音楽を思い浮かべる人が多いと思いますが、ロキア・トラオレは むしろ静謐な、心に響く歌を歌う シンガー・ソング・ライターです。1974年生まれというから、今 35歳。初めて聴いたのは、昨年の春にモロッコに行った時、エッサウイーラの街に流れていた美しい歌を、そのレコード屋で歌手の名を尋いたら、それはモロッコではなく マリの歌手だとわかりました。当時は知りませんでしたが、マリは音楽活動の盛んなところで、彼女のほかにも サリフ・ケイタを初め、世界に知られた歌手が多くいます。その時買ったのは 『BOWMBOI 』で、すっかり感心しましたが、後半の録音が悪いのには参りました(海賊版だったのだろうか)。彼女は 4枚のCDを出していて、イギリスやフランスでいろいろ賞をとっていますが、おすすめは 最新の『チャマンチェ』で、アマゾンでも買えます。彼女のホームページは こちら です。 コルドバのモスクと TV番組 THE 世界遺産
● 『イスラーム建築 』の本は、いまだに出版されていません。そこで、今回は その第1章「イスラーム建築の名作」の中から、「コルドバのメスキータ(大モスク)」 (スペイン) を、本のデモンストレーションとして、『世界のイスラーム建築』 のサイトの同名ページに 載せておくことにしました。 かつてイスラーム圏に属したスペインの 最初のイスラーム建築作品で、アルハンブラ宮殿と並んで、南スペインに旅行する人は必ず訪れる建物です。お読みになりたい方はここをクリックしてください。建設段階を示す平面図も載せました。 ( 2009 /11/ 01 ) ![]()
●● TBS テレビで 毎週日曜日に、連続番組『 THE 世界遺産 』が放映されています。もう 13年以上も続いている長寿番組で、以前は夜の 11時半からでしたが、今は新シリーズとなって、夕方の 6時からの放送になっています(中高年向けの教養蕃組から、若い世代向けの番組への変化ということでしょうか)。そこで新シリーズとして、かつて取り上げたサイトも作り直すことになり、10年前に私が監修した 「タージ・マハルとアーグラ城」も、再度 私の監修で、新たに制作することになりました。今回は 四分庭園 を造園している細密画や、この HP の「ユネスコ世界遺産(インド)」中の「タージ・マハル廟」で作った、上の写真も出てきます。放映は今月、11月 22日の夕方 6時です。 中国北部と、 このサイトへの リンク
● 「中国北部のイスラーム建築」は、大同(だいどう)のあとを受け、太原(たいげん)、沁陽(しんよう)、鄭州(ていしゅう)と進んで、やっと最後の開封(かいほう)まで 書き終りました。 これで「中国のイスラーム建築」は、個別の建築サーヴェイの記述を全部終わりました。 ずいぶん長いこと かかりましたが、これで 中国の知られざるイスラーム建築の主要なものを すべて、日本で初めて紹介したことになります。 衆議員選挙 と、マフィア
● 8月 30日に4年ぶりの 衆議院選挙 が行われ、民主党が圧勝しました。民主党は、党のメンバーの由来を見ても、自民党と それほど違いがある政党とは思えませんが、しかし、政権を担う与党と 内閣の構成員がガラリと入れ替われば、政官業の癒着を 一時的にせよ、かなり 断ち切ることができることでしょう。そして日本のよどんだ建築界にも、多少は凛とした風が吹いてくるかもしれません。そう 期待したいところです。
●● 私のHPにおいて、マフィア というのが 何のことか解らない、というお便りをいただくことがあります。日本のマフィアと言えば、暴力団のことを思い浮かべる人が多いでしょう。しかしながら、私のいうマフィアは、暴力団とは 直接の関係はありません。
「 ジェイムズ・ファーガスンとインド建築 」の英訳
● 東大・生産技術研究所の村松伸 准教授から、『 建築史家たちのアジア 発見 』という本を 風響社から出版するので、建築史家の「ジェイムズ・ファーガスンとインド建築」について書いてほしい、という依頼を受けたのは 2000年のことです。これは、近代において、建築史家たちによって アジア諸国の「建築史」が形成されていった過程を、現在の建築史家たちが分担執筆するものです。 中国西部と、HPの英語版
● 今年のはじめから、毎月1日にサイトを更新して「お知らせ」欄に載せることにしてきましたが、4月1日に「サイトの編成替え」について書いたあとは、そのことに膨大な時間を費やしてしまったあとなので、5月はお休みとなってしまいました。実を言うと、4月にエジプトとトルコに撮影旅行に出かけ、そのスライドの整理と書き込みに、またしても 大きく時間をとられてしまったのです。で、だいぶ時間がかかってしまいましたが、「中国西部のイスラーム建築」が やっと全部終わりました。 当初は 簡単に HP に載せるつもりだった「中国のイスラーム建築」が、書いているうちに次第にエスカレートし、写真枚数も増え、図面も載せるようになってしまいました。この「中国西部」は、最もイスラーム教徒の多い地区なので、扱う建物数も多く、「中国南部」が全部で 21ページだったのに対して、33ページにも 増大してしまいました。 時間が かかったのも むべなるかなです。これから 中国北部の続きを書いていきますので、請う ご期待。 ここをクリック すると、『世界のイスラーム建築』のサイトの「中国西部のイスラーム建築」のページに跳びます。 ( 2009 /07/ 01 )
●● この HP は 英語版 もつくっていますが、英訳は なかなか進みません。 韓国語版もそうですが、かつて協力してくれた人、協力しようとしていた人たちが、マフィアの脅しにあって、あるいは その報復を恐れて、逃げ出してしまうからです。 そして今回、インド関係のサイトと イスラーム関係のサイトを分離してみたら、今まで英訳したのは すべてインド関係であったことに気がつきました。そこで、今年は 私自身がイスラーム関係の記事を英訳していくことにし、まずは「イスラーム建築入門」の中の、第1番目の「イスラーム建築 Q&A」を英訳しました。
日本では、私の書いた『イスラーム建築 』が 彰国社の出版拒否にあって、一般の人々に読んでもらえず、イスラーム文化への理解が進みませんが、欧米では たくさんの美術書が イスラーム建築の本として出版されていますので、いまさら入門編でもない とも言えましょう。それでもアメリカでは バラク・オバマ氏が大統領に就任したことによって、イスラーム諸国との対話ムードも醸成されてきました。で、まあ 世界の初心者のために、 私のイスラーム建築入門編の 英語版にも 意味があるかなと思っています。どうぞ 外国のお友達に 紹介してください。これから続けて、「イスラーム庭園」をはじめ、以下の章も英訳していく予定です。ここをクリック すると、『INTRTODUCTION TO ISLAMIC ARCHITECTURE』 のサイト中の、「QUESTIONS and ANSWERS」 のページに跳びます。 サイトの編成替え ( HP アドレスの変更 )
● 「神谷武夫とインドの建築」のサイトは、年々ページが増えて 全体の容量が大きくなりすぎてしまったために、インド関係のサイトと イスラーム関係のサイトに 分離することになりました。
●● 旧アドレス http://www.ne.jp/asahi/arc/ind/ は、新設の「世界のイスラーム建築」というタイトルのサイトとなりました。 この分離に伴い、文献目録も二つに分け、イスラーム関係の書籍は「イスラーム建築・文献目録」として そちらに入れ、国別の項目を立てています。 「お知らせ」欄は、今までどおり「神谷武夫とインドの建築」のみに置いて、イスラーム関係の新しい記事も ここから跳ぶようにします。
● サイトの分割と新設に 膨大な時間をとられ、「中国のイスラーム建築」の執筆は、またしても お休みとなりました。今月はまた カイロとイスタンブルに出かける予定なので、いったい中国は いつになったら終わるのやら。分割した2つのサイトは、まだ ページ相互のリンクの不具合などがあるかもしれませんので、お気づきの方は メールで 御一報ください。 ( 2009 /04/ 01 ) 謹賀新年 2009
● 新年を迎えて、トップページのデザインを変更しました。今年の トップ写真は コナーラク の スーリヤ寺院 です。今から 32年前に 初めてインドに旅行したとき、カルカッタ (コルカタ) から入国しましたが、その日の夜行列車でブバネーシュワルに行ったところ、何かの祝典があるとかで宿がとれず、さらに足を伸ばして コナーラクのトゥーリスト・バンガローに泊りました。このバンガローが新築なったばかりで、まあ清潔な建物であったのは、インドで最初の宿泊地としては幸いでした。そしてすぐ近くの スーリヤ寺院 は まだ それほど観光化されていず、廃墟であるにもかかわらず 実に魅力的で、すっかり心を奪われたものです。 ( 2009 /01/ 01 )
![]()
●● 『イスラーム建築 』の方は、彰国社が 相変わらず 出版契約も無視して、2年にわたって 出版を拒否しています。 この二つ下の欄をご覧ください。 ●●● ところで 建築(アーキテクチュア)の本というのは、外国の書店では「美術と建築(アート・アンド・アーキテクチュア)」の売場に並べられます。ところが日本では、世界標準とは異なった、大学(工学部)における エンジニア教育中心の「建設・建築 教育システム」および その学会の構成を反映して、アーキテクチュアの歴史やデザインの本も「建設工学(ビルディング・エンジニアリング)」に分類されてしまい、「理工学書売場」に並べられてしまいます。しかし一般の人は、書店の美術書売場には行きますが、理工学書売場になど 決して行きません。したがって、せっかく一般読書人や美術愛好家にも 興味をもってもらえる建築書が、一般の人の目に触れません。そのために、わが国における一般人の建築的教養が ますます欠けることになります。私が今までに出した本は すべて歴史やデザイン分野なのですが、やはり 理工学書売場に置かれてしまっています。 また、かつては たくさんあった建築雑誌も、廃刊や休刊になって数が少なくなりました。そして、かつての建築雑誌は すべて1ページの「書評欄」をもっていて、新刊書の中から 毎月1冊を選び、外部の建築家や評論家に依頼した「書評」を載せていて、それが 若者たちの読書意欲を そそったものでした(自社の本の、手前味噌な「宣伝書評広告」とは 違います)。それが どんなものであったかを示すために、建築雑誌における 私の本への書評を(今まで 遠慮していましたが)、今回一括して「著書・訳書」の それぞれのページに 載せさせてもらうことにしました。また、建築雑誌以外のものも2つ入れています。それぞれの書評者の名前をクリックすると、そのページに飛びますので、興味のあるところを お読みください。批評の仕方を 読み比べるのも 興味深いでしょう。 『イスラムの建築文化』 石山修武 『建築文化』 1988年 6月号 『イスラムの建築文化』 木島安史 『AJAMES』 1988年 『楽園のデザイン』 有村桂子 『日経アーキテクチュア』 1989年9月4日号
『楽園のデザイン』 羽田正 『史学雑誌』 1989年 8月号
『楽園のデザイン』 松枝到 『建築知識』 1989年 10月号
『ヒンドゥ教の建築』 黒河内宏昌 『 a t 』
『インドの建築』 黒河内宏昌 『 SD 』 1996年 12月号
『インド建築案内』 藤森照信 『建築文化』1997年 3月号 「 解題 」 の後編 と、ヴァルジアン、ハコビヤン
● 「原術へ」の「解題」の後編を、やっと書き終わりました。「文化の翻訳」が JIA によって握りつぶされたあと、いかに復活し、その続編である「あいまいな日本の建築家」が書かれたか、それを契機にマフィアの迫害が いかに激しくなったか、などを記録しています。日本の建築界の腐敗ぶりに興味のある方は、ここをクリック して ぜひ お読みください。 ( 2008 /12/ 08 ) 著書『 イスラーム建築 』の 出版
● 昨年の 「謹賀新年 2007」 では、『イスラーム建築 』 の本が間もなく出版されると予告しましたが、出版社の彰国社は、本の奥付に私のHPのアドレスを載せるのは認められない、という実に奇怪な理由で色校のゲラ刷りを出さず、原稿を受け取ってから半年以内に出版するという出版契約も守らずに、2年近くにわたって出版拒否を続けています。こんなことが本当の理由であるはずはありませんが、神谷の本は出版するな というマフィアの圧力に社長が屈してしまったために、現代世界で焦点になっている イスラーム の建築文化の概説書が、日本の読者に届かなくなっています。
鬼頭梓 と『 建築家の自由』
● アルメニアに滞在していた間の8月 20日に、建築家の鬼頭梓 さんが亡くなられたことを知りました。また、その2ヵ月前に鬼頭さんの本『建築家の自由』が出版されていたことも知りました(鬼頭梓の本をつくる会編、建築ジャーナル刊、1,800円)。鬼頭さんといえば、建築界の良心、建築家のプロフェッションの確立のために尽力された方として、つとに知られています。その目指したところが実現されずに、というより、もっと悪化したままに亡くなられたことは、さぞかし心残りだったことでしょう。ご冥福を祈ります。 全共闘世代 のこと
近頃、楡周平の『ワンス・アポン・ア・タイム東京』という小説を読みました。全共闘世代の その後の生き方、とかいう広告につられて読んでみたら、小説として面白くはあったけれど、これは当時の全共闘世代の心情に即したものではなく、むしろ その世代の滑稽さを戯画化して描いたものでした。10年前の藤原伊織の『テロリストのパラソル』が、その世代の心情をひきずっていて、共感と愛惜の念をもっていたのとは対照的です。 それも当然のことで、藤原伊織は 1948年生まれで、去年 60歳になるのを待たずに癌で死んでしまったのに対して、楡周平は 1957年生まれで、全共闘世代を批判的に眺めてきた世代の作家ですからね。 それに 実際のところ、全共闘世代は当時、反体制だとか 実存だとか 主体性だとか叫んでおきながら、ひとたび社会に出るや たちまち体制に順応して、というより その積極的な推進者になってしまったわけですから、次の世代から批判され、戯画化されてしまうのも 無理はありません。 昨年、一昨年あたりは、定年まぎわの団塊、全共闘世代がもてはやされ、定年になって会社の くびきを脱すれば、いよいよ初心を貫いて、続々と意義ある仕事、主体的な活動を始めるかのごとき アドバルーンが打ち上げられていました。ところが、いざ定年になった全共闘世代は、長い会社人間の生活で すっかり骨抜きにされてしまったようで、何の叫びも、新しい活動の息吹も聞こえてきません。ただ老後を心配して、カラオケで うさでも晴らす、というのが関の山のようです。ジャーナリズムのほうも すっかり愛想をつかしたようで、団塊の世代への期待の記事も まったく途絶えました。 無惨 の一語のような、現代の停滞した気分の時代を 突き抜けて 生きていくような「老年世代」は、現れないものでしょうか。
●● すると、その友人から、まるで ひとごと のような、次の返事が来ました。
●●● 建築にたずさわる 全共闘世代の人々よ、定年を迎えたら、この国の後世の建築界のために、建築家のプロフェッションの確立に 挺身しては どうか。 そして、高橋和巳や 埴谷雄高や 吉本隆明を読みふけった人々よ、「人間の尊厳」を蹂躙する マフィア勢力との闘いに 立ちあがっては どうか。 ( 2008 /10/ 20 ) アルメニアの建築
● アルメニアに行って来ました。これで、アルメニア建築の撮影が ほぼ完了しました。3年前に この欄に、アルメニアの建築を順次紹介していくと書きながら、なかなか その時間が作れず、時々歌手の紹介をするばかりでしたので、今回は、せめて 写真ギャラリーを開設して、アルメニア建築の素晴らしさを伝えようと思い立ちました。写真キャプション以外には 総論や解説なしですが、各地域から代表的な修道院や遺跡を選び、全部で約 120枚の写真をスキャンしました。ご覧になりたい方は ここをクリック してください。中国のイスラーム建築が終了したら、本論を書く予定です。(首都イェレヴァンの都市計画をした建築家、タマニアンについても。) ( 2008 /10/ 06 ) 中国南部 の イスラーム建築
● 2005年から 中国のイスラーム建築について調査・研究を 続けてきました。今年は そのまとめの段階にはいっていますが、資料が十分でなく、難航しています。この HP で紹介するために、中国全土を南部、西部、北部の3地域にわけて、まずは 中国で最も古いモスクの多い 南部 を書いていましたが、ついに時間ぎれとなりました。というのは、明日からマグリブ諸国のイスラーム建築を調査、撮影に出かけるからです。で、全部は終っていませんが、オリンピックを前に 中国への関心が高まっていますので、とりあえず、8割方できた「中国南部のイスラーム建築」を公開することにしました。 ご覧になりたい方は ここをクリック してください。 講座 「インドの 秘めたるパワーを知ろう」
● 東京都の目黒区が「冬の社会教育講座」のひとつとして、「インドの秘めたるパワーを知ろう」という、インド入門講座を開催します。1月 19日から2月 23日の毎週土曜日、全6回から成りますが、その第2回目の1月 26日に「インド建築の特質」と題する講演をします。インドの宗教建築が、他の文明の建築と比較して どのような特徴をもっているのかを、スライドを写しながら説明します。2時から4時までの2時間ですが、申し込みは 全6回通しのみです。無料。講座全体の内容と募集要項は、 。 ただし、受講対象者は目黒区在住・在勤・在学の方のみだそうです。申し込みの締め切りは1月8日で、抽選となります。 ![]()
●● 『ジャイナの教え』という本が、三笠書房から出版されました。「信用と成功を手にする一番簡単な法」というサブタイトルがあるように、実利的な観点を手引きにして インドのジャイナ教への関心を誘う、超入門者向けの本です。前回紹介した本の著者・渡辺研二氏が監修して、上林龍永氏が やさしく書いています。A5判、140ページ、三笠書房、1,300円。 ( 2007 /12/ 20 ) アルメニアの歌手の紹介 4.アルトゥール・メシアン
![]()
● アルメニアの歌手の紹介 4. 今まで女性歌手ばかり紹介してきましたので、今回は男性歌手、それもアルメニアの最高の歌手、アルトゥール・メシアン Arthur Meschian です。彼はイェレヴァン工科大学で建築科の学生だった 60年代末に「APOSTLES」というバンドを結成して音楽活動を始めた シンガー・ソング・ライターです。初めに建築家を志しながら、そのうちに 心に響く歌を 作り 歌う ミュージシャンになったという点で、アメリカのサイモンとガーファンクル、日本の小田和正にも似ています。ソ連時代には演奏を禁じられもしましたが、1989年にアメリカに渡ってアルバムを制作し始めました。それらを集大成したのが 2001年に発売された、4枚組みの素晴らしい「HIT COLLECTION」です。 アルメニアの歌手の紹介 3.ロズィ・アルメン
● アルメニアの歌手の紹介 3. 現代のアルメニアの歌手のうち、リリット・カラペティヤンとヘギーネを紹介してきましたが、最近 すばらしい歌手を発見しました。ロズィ・アルメン ROSY ARMEN という、フランスに帰化したアルメニア人です。かなり年配の歌手らしく、シャルル・アズナブールと同じ頃の世代ではないかと思います(彼もまたアルメニア人で、本名はシャルル・アズナブリアンといいます)。しかし、日本ではシャルル・アズナブールは有名ですが、ロズィ・アルメンは まったく知られていません。 「 アルハンブラ宮殿 」
● 『イスラーム建築 』の本は まだ出版されていません。そこで、今回は その第1章「イスラーム建築の名作」の中から、「グラナダの アルハンブラ宮殿」(スペイン) を、本のデモンストレーションとして、この HP の「世界のイスラーム建築」のサイトに載せておくことにしました。世界に名高い イスラームの宮殿建築の簡潔な紹介ですが、写真をお楽しみください。
私は会社勤めというのを あまり経験していないので、会社員が自分の意に反して会社命令に服従するという心情を、十分には わかりません(それが いやだからこそ、苦しくとも、貧乏しても、独立の道を歩んできたわけですから)。新聞や TV では しばしば、社会倫理に反した活動をした企業や官庁の事件が 報道されます。そうした時に いつも思うのは、たとえトップの人間がそういう決定をしたとしても、社員たちは どうしてそれに唯々諾々として従ってきたのだろか(時には犯罪行為でさえ)、と 不思議に思います。保身のためには、上司の意向に異議申し立てをすることなど、絶対に できないものなのだろうかと。
●●● 検索エンジンでは、ヤフーのキーワードに「インド」といれても「建築」といれても、私の HP は まったく検索されないように されてしまいました。この HP が人々に見られることを、マフィアは よほど恐れているようです。 ( 2007 /08/ 10 ) ジャイナ教 の 概説書
● ジャイナ教の概説書が出版されました。
世界の歴史は、差別の撤廃の歴史でもあります。奴隷制度を廃止し、貧者にも市民権や選挙権を与え、人種差別や男女差別を撤廃してきました。 しかし今もなお動物差別は存在し、同じ生物である動物は虐待され、人間によって虐殺されています。奴隷や貧民や低カースト民や黒人や女性にも 自由に生きる権利があるように、動物にも、虐待されずに生きる権利があります。それを 2,500年前から主張してきたジャイナ教は、世界の思想史上で最も進んだ、根源的な博愛思想だと言えるでしょう。
●● 明日から また4週間、中国に建築の調査旅行に出かけます。一昨年の西部中国、昨年の南部中国に続いて 今回は北部中国で、これで中国のイスラーム建築調査を終了させる予定です。 ( 2007 /06/ 17 ) 近況 (5月21日)
● しばらくこのサイトに新しい記事を載せなかったので、神谷は マフィアにポアされたのではないか、と思った方もいたかもしれません。今からちょうど 20年前に 坂本弁護士一家が宗教マフィアに惨殺され、朝日新聞・阪神支局が右翼 (?) マフィアに襲撃されて 小尻記者が射殺されたように。しかし、私はまだ健在です。3月から4月にかけて イランに調査旅行に出かけていました。今回も 1,000枚ばかり、イランのイスラーム建築 その他の写真を撮ってきましたので、その整理と、マウントへの書き込みに1ヵ月を要しました(未だに ディジタルではなく、フィルムで撮影しています) ![]()
●● 『イスラーム建築』の本はまだ出版されていません。彰国社に最終原稿を渡したのは昨年の 11月13日ですから、彰国社との出版契約書にある「原稿の引渡し後 6ヶ月以内に出版」という期限を過ぎました。しかし出版社は契約も履行せずに本を出版せず、私のところから持っていったままになっている 本やスライドも返却しません。どうぞ、出版社に抗議の電話や FAX、メールを出してください。そして、このことを 広く友人の方々にお知らせください。ホームページや ブログを お持ちの方は、このことをお書きください。
ただ、この出版を妨げているのは、マフィアの圧力です。私が原稿を書いた『建築史家たちのアジア発見』(「ジェイムズ・ファーガスンとインド建築」)や、『ヴィジュアルア版 建築入門』(第1巻における「エローラーのカイラーサ寺院」と、第2巻における「ヒンドゥ建築」)が、原稿を渡してから6年以上たつのに(しかも 何度 催促しても)出版されないのも、同様です。 ![]()
●●● アルメニアの歌手の紹介 2. 前に書いたように、音楽では、3年前からアルメニア音楽の とりことなっています。「アルメニアの歌姫」として、以前に リリット・カラペティヤンを紹介しましたが、この頃 ぞっこん惚れ込んでいるのは、ヘギーネ という歌手です。 謹賀新年 2007
● 新年を迎えて、トップページのデザインを変更しました。今年の写真はインドではなく、ウズベキスタンのブハラの旧市街です。というのも、ここ数年、インドだけでなく イスラーム建築の全体と取り組んでいるからです。前回予告しましたように、まもなく『イスラーム建築、その魅力と特質』という本を 彰国社から出版します。本当はもう出ているはずだったのですが、マフィアの圧力によって1ヵ月ぐらい遅れています。 「 東大の常識は 世間の非常識 」ーその後
● 東京大学総長からは その後も返事がなく、本も出版されない。そこで昨年の 9月 23日に 文部科学省の高等教育局、国立大学法人課 に「東京大学助教授の不祥事と 東京大学の対応について」と題する、次のような手紙を出して相談をした。今までの経過を記したこのサイトのページを全部プリントアウトして製本し、資料としてつけた。
国立大学法人の東京大学についてご相談いたします。
●● その後 文部科学省から返事がないので、11月 24日に問い合わせの電話をしたところ、国立大学法人支援課の企画係・相場氏が対応した。しかし彼が調べたところ、そういう相談を受けたという記録がないので、手紙と資料をもう一度送れという。やむをえずもう一度プリントアウトし、次の追記をして再度送った.
秋山氏のていねいな説明によると、国立大学が法人化してからは、文部科学省は学長の任命権をもつだけで、他の監督権限はすでになく、すべては民間の会社組織と同じで、社長に相当する学長がすべての決定権をもつのだという。したがって、文科省は国立大学法人に対して、助言や注意はできるが、命令することは権限逸脱になる。ただ今回の問題は 大学教員の倫理上の問題であるので、東大の 事務局の 総務課、中野課長にきちんと対処してほしい旨の申し入れをしたところ、現在、東大では理事たちが 生研の西尾所長も含めて、対応を協議している最中だ、という返事だった。そこで、年内に神谷氏に連絡をするよう 要望しておいた、という。
世の中では、ホリエモンやら、姉葉建築士やら、防衛施設庁の官製談合やら、倫理感の欠如ぶりは目をおおうばかりだが、近代日本の指導者を製造してきた東京大学に倫理感が欠如していることこそ、その根本的原因だったのかもしれない。
●●● 最初からの、全部のプロセスをお読みになりたい方は ここをクリック してください。 ( 2006 /02/ 20 ) アルメニアの歌姫、リリット・カラペティヤン
● アルメニアの歌手の紹介 1. リリット・カラペティヤン LILIT KARAPETYAN といっても、知る人はほとんどいないことでしょう。このサイトの「世界建築ギャラリー」で紹介した 中東の小国・アルメニアの女性歌手です。
リリットのホームページは 。 かつては そこですべての曲を聴くことができましたが、今はできなくなりました。彼女は4枚の CDを出しています。最初の(私家版?)"SHALA LALA" の中の "LEGENDA O TEBE" と "BUD'S SO MNOY" が一番良いのですが、この CDは今では手に入りません。2枚目の "FOR YOU" が実質的なデビュー・アルバムです。 ベスト・アルバムが 2枚出ていて、 できます。2004年の "YOU ARE MY HOPE" は 19曲も収録したお買い得アルバムですが、。もう 1枚の "THE BEST" は 2007年の最新版で、15曲を収録しています。 ( 2008 /02/ 25 ) ●● アルメニアの歌を一日中放送しているアルメニア・ラジオ放送がありますので、紹介しておきます。首都の名をとった「イェレヴァン・ナイト」というサイトで、アメリカ在住のアルメニア人が運営しているようです。お聴きになりたい方は こちらをクリック してください。ここでは演奏中の歌手名、曲名、アルバム名が出ますので、気に入った曲のアルバムをメモして、上記のサイトから注文することができます。アルメニアの歌は 心にしみいるようなものが多いので、私はしばしば聴いています。CDも、もう 30枚ぐらい買いました。 (2006/10/20)
●●● ちなみに、以前に私が惚れ込んだ歌手は、中島みゆき(今から 20年ほど前)、フランスのシャンソン歌手・イザベル・オーブレ (その 10年前)、クラシックのソプラノ歌手・伊藤京子(さらに 10年前) でした。 ジャイサルメル 「 飾窓 」
● 鹿島の社内報「Kajima」に、景観デザイナーの伊藤清忠さんが「風景のかけら」という連載で 世界の都市・集落を紹介しています。その第3回に インドのジャイサルメルが採りあげられましたので、「飾窓」と題する文を寄せました。ご覧になりたい方は ここをクリック してください。文は、「世界の建築ギャラリー」のページの 「ジャイサルメルのハヴェリー」に加えました。 ( 2006 /03/ 30 ) 『 インド建築案内 』の 英語版
● 『 インド建築案内 』の英語版、"THE GUIDE TO THE ARCHITECTURE OF THE INDIAN SUBCONTINENT" は、3年前にインドで出版されました。しかし、それは誤訳だらけだったので、出版者のクンナ氏は、翻訳をやり直し、インドの代表的建築史家である M・A・ダキー氏によって監修してもらって、改訂版を出版することを約束しました。ところがその約束を果たさず、英文に手を入れただけで第2版を出してしまいました。 『 カーサ・ブルータス 』 インドとモダニズムの邂逅
● 一般向けの建築雑誌『 カーサ・ブルータス 』が、3月号で 現代インド の特集をしましたので、そこに「インドとモダニズムの邂逅」という原稿を書きました。インドにおける シュースミス、レイモンド、ライト、コルビュジエ、カーンと続く モダニズムの系譜を概観しています。お読みになりたい方は ここをクリック してください。(マガジンハウス社、2005年 3月号、880円) ( 2005 /03/ 10 ) 東大の常識は 世間の非常識
その最大の原因は、編著者自身が自分の原稿を書かず、編者としての役割も果たさず、その事情説明さえもしない という異常な行動にありました。そこで思い余って、彼の所属する東京大学に手紙を出しましたが、驚いたことには、大学自体が彼の行動を容認しているのです。東大には優れた教授がたくさんいることは確かです。しかし一方、そのエリート意識と特権意識のもとに、よその研究者を愚弄するような行動をとる教員も散在し、またそれを当然のように考えている 管理層も存在します。それが具体的にいかなるものであるかを示すために、東大に送った書状をここに公表して、世間の認識の一端に寄与したいと思います。お読みになりたい方は ここをクリック してください。 ( 2004 /12/ 07 )
●● 東京大学総長に質問状を送ってから4ヶ月近くになりますが、いまだに返事はなく、本も出版されません。学内の教官による こうした無法行為を容認している東大総長が、法学部の教授 だというのですから、あきれるほかはありません。東大の学生は、こういう教師たちから 何を学ぶのでしょうか。 ( 2005 /03/ 01 ) 彰国社 「 ヒンドゥ建築 」
● 彰国社が『 ヴィジュアル版 建築入門 』という書籍を、全 12巻のシリーズで刊行しています。その第1巻『建築の世界、建築の楽しみ』に「エローラーのカイラーサ寺院」、第2巻『建築のかたち』に「ヒンドゥ建築」という原稿を書いたのは、もう3年以上前ですが、本はいまだに出版されていません。そこで、出版社の了解をえて、一足先にこのホームページで公開することにしました。「エローラーのカイラーサ寺院」は「ユネスコ世界遺産」のページの「エローラーの石窟寺院群」のあとにいれましたが、「ヒンドゥ建築」は、このお知らせ欄に載せました。お読みになりたい方はここをクリック してください。 ( 2003 /11/ 23 )
●● 出版社に原稿を渡したのは 2000年の 10月 27日ですから、もう4年半がたちますが、本は いまだに出版されていません。 このシリーズの他の巻は出版されているのですが、私が原稿を書いた巻は出版されないのです。 ( 2005 /05/ 13 )
『 インド建築案内 』の 英語版
● 『インド建築案内』は単なるガイドブックではなく、インド建築の最も基礎的な資料集の刊行を意図したものでした。この本によって初めてインド各地の主要な建築の所在とその基本情報が視覚的に得られ、またそれらを容易に比較研究できるようになりました。海外の研究者からも注目されて、英語版の出版が早くから要望されていましたが、このたびやっと インドで実現しました。 ( 2003 /09/ 20 ) 『 インド建築案内 』の 3刷り
● 『 インド建築案内 』 は「マフィア」によって 出版も販売も妨害されてきましたが、初刷り 10,000部と 第2刷 5,000部がほぼ売り切れ、このたび 第 3刷ができました。 この ホームページ への 攻撃
● このサイトは、今までも「マフィア」によるさまざまな妨害工作にさらされてきましたが、このごろは連日 ウィルス・メール を送りつけられています。以前は月に1、2通程度で、個人のサイトに来るものとしては平均的な、無差別のものでしたが、先月末からは 狙いを定められて、次のように激しく攻撃されています。
●● その後 攻撃はエスカレートし、今では 毎日 数十通のウィルス・メール が 送りつけられてきます(単なる迷惑メールではなく、ウィルスバスターが検索した「ウィルス・メール」の数です)。この3月に イランとトルコに旅行していた間には、また家宅侵入され、その際に コピー機の側面の扉が こじ開けられて 壊されてしまいました。彼らが盗もうとしている書類は、ここには ないのですが。それにしても、こういうことをしているマフィア系の企業に勤めている人たちは、自分たちの仕事に誇りをもてるのだろうか? ( 2004 /04/ 01 ) 「ジェイムズ・ファーガスン と インド建築」
● 東大・生産技術研究所の村松伸さんの企画・監修で、『建築史家たちのアジア 発見 』という本が 風響社から出版される予定です。これは、近代において、建築史家たちによって アジア諸国の「建築史」が形成されていった過程を、現在の建築史家たちが分担執筆するものです。本当は、もう とっくに出版されているはずなのですが、まだ原稿を書かない人がいるとかで、刊行が遅れています。そこで出版社の了解を得て、私が担当した「ジェイムズ・ファーガスンとインド建築」を、HP上で先行して公開することになりました。お読みになりたい方は、ここをクリック してください。 ( 2002 /02/ 23 )
●● 原稿を渡してから もう3年近くになりますが、いまだに出版されていません。日本人が「契約の民」でないことを痛感しています。出版社は 5月に刊行予定と言っていますが、企画・監修者が きちんと仕事を進めないことには 話になりません。 ( 2004 /02/ 07 ) 「 ザ・ネイバー 」誌への 連載
● YKKグループの PR誌『 ザ・ネイバー 』が 30年も続く長寿雑誌となっています。そこに「私流私考」という既設のコラム欄 がありますが、その中の 「快適私考」という小欄に半年間連載をしました(2003年 1月号〜6月号)。お読みになりたい方は ここをクリック してください。( 2003 /05/ 17 ) 「 伊東忠太 の インド建築行脚 」
● 『 建築家 伊東忠太の世界 展 』が 2003年の4月12日から8月31日まで、青山のワタリウム美術館で開かれたのを記念して、伊東忠太を 広く世の中に紹介する本が出版されました。
●● 展覧会にあわせて、「伊東忠太を探す」という 連続レクチャーが行われました(鈴木博之、藤森照信、神谷武夫、木下直之、隈研吾、井上章一、倉方俊輔)。私は5月 31日 に「インド建築史と伊東忠太 」と題するレクチャーをし、ジェイムズ・ファーガスンと伊東忠太の関係を軸にしながら、インド建築史を作っていった人々の中に忠太を位置づけるとともに、インドに関係した建築家として イギリスのエドウィン・ラチェンズとの比較をしました。 DVD シリーズ の インド編
● アメリカの Discovery Channel が世界の文化遺産や、自然、歴史、科学などのシリーズを DVDで製作していて、その日本語版を角川書店が発売し始めました。 私は第 1期の中の『白亜の霊廟 タージマハル』の巻の翻訳監修をしました。ただし、出版社がつけたこの題名はオリジナルとは違っていて、実際の内容は、南インドのチョーラ朝を主とするヒンドゥ教の寺院建築を描いたものです(タンジャーヴールの ブリハディーシュワラ寺院 など)。インドに旅行された人の多くは北インドの観光コースを回ったのみでしょうから、南インドの寺院建築の動画映像を楽しみたい方にはお勧めです。カラー、ビスタサイズ、約 53分、3,400円。 ( 2003 /01/ 02 ) 『 週刊 朝日百科 』 ラージャスターン
● 朝日新聞社が『 週刊朝日百科 』で『 世界百都市、ここに行きたい 』というシリーズを刊行しています。2002年 10月に第 46号「デリーとアーグラー、ムガル帝国の栄華と愛の記憶」が出ました。私はその中に「砂漠に浮かぶ栄華の記憶、ラージャスターンを訪ねて」という記事を書きました。 A4判、32ページ、オールカラー、560円 ( 2002 /10/ 13 ) 『 アート・トップ』 近代インドの 建築
● 伝統ある隔月刊の美術雑誌『 アート・トップ 』が 2002年6月刊の第 186号で、「インド、不思議パワーをたずねて」という巻頭特集をしました。私は 「 近代インドの建築 」という文を書いて、19世紀後半から現代までのインド建築の流れを簡略に描きました。お読みになりたい方は ここをクリック してください。 ( 2002 /06/ 24 ) TV番組 『 ユネスコ世界遺産 』 パハールプル
● TBS テレビで 毎週日曜日の夜 11時半から、連続番組 『 ユネスコ世界遺産 』 が放映されています。私が監修した「パハールプルの仏教寺院遺跡」(バングラデシュ)は 2002年6月2日に放映されました。 ( 2002 /06/ 03 ) TV番組 『 ユネスコ世界遺産 』 デリーの クトゥブ・ミナール
● TBS テレビで 毎週日曜日の夜 11時半から、連続番組『 ユネスコ世界遺産 』が放映されています。私が監修した「デリーのクトゥブ・ミナールとフマユーン廟」は 2002年2月 17日に放映されました。 ( 2002 /02/ 20 ) 「 チャンディーガル 建築案内 」
● 近代建築の巨匠と言われる 20世紀の建築家、ル・コルビュジエ の人気は今も高く、インドへ旅行をしようという建築家や建築学生は、ル・コルビュジエが設計したチャンディーガルの都市を訪れたいと思うようです。そこで、団体旅行ではない人がチャンディーガルを訪れるための最新の情報をここに載せておくことにしました。ご利用になりたい方は ここをクリック してください。 ( 2001 /12/ 26 ) 東京堂 『 世界宗教建築事典 』
● 早稲田大学の中川武教授の監修のもとに、世界の宗教建築を集成して解説した『 世界宗教建築事典 』が 2001年9月に出版されました。( A4判,380ページ,ハードカバー,東京堂出版発行,13,000円 ) 講座 「インドの都市と建築 」
● 早稲田大学教授の吉村作治さんが主宰する「世界考古学発掘アカデミー」(東京・エジプト考古学ビル)で、2001年度の講座のひとつとして5月に開講した、神谷武夫による「インドの都市と建築」と題する講座は 12月をもって終了しました。全 10回の講義内容は次の通りです。 ( 2001 /12/ 09 ) 講座 「インド建築史 」
● 朝日カルチャーセンター(東京・新宿)で 2000年度4月に開講した、神谷武夫による「インド建築史」の講座は 10月をもって終了しました。 全13回の講義内容は次のとおりです。 ( 2000 /10/ 31 )
建築学会誌 「 末端肥大症 」
● 日本建築学会の機関誌『建築雑誌』が、2000年9月号で「人の空間・場所論」という特集をしています。 私は南インドのヒンドゥ寺院をテーマに「末端肥大症、あるいは、全体を構成する要素の自立性」という原稿を書きました。お読みになりたい方は ここをクリック してください。 ( 2000 /10/ 19 ) 『 伊東忠太 その実績と資料 』
● 1997年4月より 2000年3月まで、日本建築学会の「伊東忠太未発表資料 特別研究委員会」の委員をつとめ、インド関係部分を担当しました。 このたび委員会の報告書として、『 特別研究 18. 伊東忠太 その実績と資料 』が出版されました(2,000円.お問い合わせは日本建築学会 TEL:03-3456-2051 まで) ( 2000 /07/ 01 )
● 遺族より建築学会に寄贈された伊東忠太の フィールドノート の解題を各委員が分担執筆していますが、明治 36年から 37年にかけてのインド調査旅行の分については私が書きました。 『 6. 印度 自緬旬至孟買 』、 『 7. 印度 西方印度及カシュミール 』、 『 8. 印度 南印度及錫蘭 』 の3巻です。 ご覧になりたい方は ここをクリック してください。 世界遺産セミナー
● 亜細亜見聞倶楽部 「世界遺産セミナー」 開催のお知らせ。第3回 から 第5回 は、インド建築のスライドを映しながら、インドの文化遺産の解説をします。 ( 2000 /05/ 31 ) 建築学会 「伊東忠太 連続報告会 」
● 日本建築学会の「伊東忠太 未発表資料 特別研究委員会」の最終回の報告会が 1999年 10月 23日に行われました。私は「インド建築史と伊東忠太」の第1部として、伊東忠太と インド建築史家の ジェイムズ・ファーガスンとの関係、およびファーガスンと伊東忠太の間に存在した バージェス・スクール(スパイアズ、エマースン、コンドル、辰野金吾)について報告しました。 ( 1999 /10/ 26 ) TV番組『 ユネスコ世界遺産 』 ラホール
● TBS テレビで 毎週日曜日の夜 11時半から、連続番組『 ユネスコ世界遺産 』が放映されています。私が監修した、パキスタンの「ラホール城 と シャーラマール庭園」は 1999年7月 11日に放映されました。
( 1999 /07/ 13 ) JIA インド建築・視察団
● 日本建築家協会(JIA)で、インドの世界遺産を訪ねる旅行団を出し、無事に帰国しました。 ( 1999 /03/ 15 ) 講演会 「 インドの木造建築 」
● 日本建築学会で『インド建築にみる木造構法 』の報告講演をします。 ( 1998 /11/ 14 ) 座談会 「 建築が示す インド世界の面白さ 」
● 現在、中央公論社から新しい『世界の歴史』全 30巻が刊行中です(各巻 2,650円)。その第 14巻の「ムガル帝国 から 英領インドへ」( 1998年9月10日発行)の付録の月報・座談会に出席しました。 『 インド建築案内 』の 誤植
● 『 インド建築案内 』 の初版の 406ページには 誤植があります。ある時期からは 出版社によって訂正シールが貼られ、また重版では正しく訂正されていますが、訂正シールの貼られていない 初版をお持ちの方は、ご面倒ですが、以下のように直していただければ幸いです。 (1998 /06/ 22)
<旅の情報(南インド編)> の <ケーララ州> で、その 17、18行目に 『 まちなみ 建築フォーラム 』
● 『 まちなみ建築フォーラム 』誌 に「インドの木造建築」を連載しています。それを 1ヵ月遅れでこのホームページに載せていますが、容量の関係で写真の数は大幅に減らし、地図なども省略しています。 詳しくご覧になりたい方は雑誌をご覧ください。バックナンバーは発行元の市ヶ谷出版社(TEL:03-3265-3711 )にお問い合わせ下さい。定価は各号 1,000円です。 ( 1998 /02/ 10 )
●● 現在4月号が出ていますが、5, 6月号のために書いた「ケーララ地方の木造建築」2回分の原稿を渡す日になって、突然、この雑誌が廃刊となり、制作元の 建築フォーラム社は解散する、と告げられ、原稿は返却されました。 講演会 「 インドの木造建築 」
● 『 インドの木造建築 』 講師:神谷武夫 (神谷武夫設計事務所) TV番組『 ユネスコ世界遺産 』のビデオ
● TBS テレビで 毎週日曜日の夜 11時半から、連続番組『 ユネスコ世界遺産 』が放映されています。神谷が監修した「タージ・マハル と アーグラ城」は 1998年1月4日に放映されました。 ● ビデオは、制作:TBS、協力:SONY、販売:SPE ビジュアルワークスの『世界遺産 18 』に「カジュラーホの寺院群」と一緒に はいっています (定価 3,800円 )
|