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< 書評 > 黒河内宏昌 (建築史家、早稲田大学客員講師)
行くか!インド建築
この本には ふたつの特徴がある。 ひとつは 従来のインド建築の書物とは 全く異なる切り口、構成を持つこと、もうひとつは 解説の役割を 写真に多く担わせていることである。
従来のインド建築関連の書物は、宗教 (仏教、ヒンドゥ教、イスラム教)、地域 (北インド、南インド) の区分に従って、建築を年代順に並べて 変遷を追っていくのが通例であった。 しかし本書は、こうした諸要因を踏まえた上で あえてその枠組みを消し去り、視点を より建築の側に移し、あくまでも 対象とする建築そのものの姿に 「インド建築の特性」 を語らせようとしている。
紹介される対象は約 140件にのぼる。 従来 紹介されることの比較的多かった寺院のみならず、あらゆる種類の建築が登場し、インドには こんな建築があったのかと驚かせてくれる。 メジャーな建築ばかりでなく、路傍に立つ 鳥の餌つけ小屋、コルビュジエのチャンディーガルの隣に 自然発生したスラム、インドなら どこにでもある伝統的住宅、寺院の片隅に立つ 1本の柱など、無名の建築も等価に扱われている。
著者は これらの対象を、26のタームに分類し 章立てている。 そのタームを順に挙げると、ストゥーパ、洞窟、山、水辺、公益物、都市、住居、木造寺院、煉瓦造寺院、石彫寺院、石造寺院、モスク、墓廟、城、宮殿、楽園、塔、門、回廊、柱、ドーム、開口部、彫刻、色彩、洋風化、そして 現代建築である。 これらは一見すると、恣意的に選択された言葉ではないか、インド建築を脈絡なく並べているのではないか、という危惧を持つかもしれない。 しかし 読み進めるうちに、ひとつひとつのタームが 「インド建築の特性」 を示す指標であり、かつ それらを順に追っていくと 大まかにインド建築の歴史を辿っていることに 気付くのである。 タームは みな一般的な建築用語であり、インド建築に固有の言葉は 「ストゥーパ」 を除き ほとんどない。 したがって、例えば アジアの住居に興味があり インドの事例が知りたい、といった関心からも、極めてアプローチしやすい。
掲載されている大小約 430枚の美しいカラー写真は、この本の命とも言える。 すべて著者自身の撮影によるが、妙な誇張がなく、意図を明解に表している。 図面による建築の説明は一切ない。 しかし、付属する簡潔な文章を読むと、著者の伝えたい 「インド建築の特性」 がどのように写真に現れているかを確かめることができる。 そして 写真と文章を往復して何度も見るうちに、どんどんと対象に引き込まれ、イメージが膨らみ、できることなら 訪ねて行ってみたくなるのである。
このように本書は、インド建築を 著者のつかんだ特性に沿って、魅力的に映し出してくれる。 しかし、インドの建築は 我々現代の日本人にとって、最も理解しにくい建築のひとつであると言えよう。 著者は この本の中で、我々が ともすれば 「神秘的」 などという言葉で にごしてしまうインド建築の思想と表現に、インドならではの 「合理性」 を見出したいと述べている。 その 「合理性」 を詳細につきとめることは なかなか難しい課題だが、このテーマには強い共感を覚える。 著者は インド建築関係の洋書の邦訳を 3冊手掛けた後、第 1段の著作として この本を出版した。 ほぼ同時に インド建築のガイドブックも出版しており、今後の展開に さらに興味が持たれる。
( 『SD』 1996年 12月号 )
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【 あとがき 】 より
私が初めてインドを訪れたのは、今から 20年も前のことである。 それまでは建築に限らず、文化について思いをはせる時には常に日本と欧米を対比させ、世界を二元論的に眺めていた。 まるで世界が欧米と日本だけでできているかのように。 それは私一人の話ではなく、たとえば文学であれば 「世界文学全集」 という名の西洋文学と 「日本文学全集」 との 2本立てであったし、絵画であれば 「世界の名画」 という名のヨーロッパ絵画と 「日本の名画」 との 2本立てであって、それ以外の諸国の文化は、まったく無視されていた。 そして 「世界」 という言葉は 「欧米」 を意味していたのである.ところが 3ヵ月ばかりインドを旅してみると、そこには日本とも欧米ともまるで異なった高度な文化が存在したことがわかり、しかも行く先々で出会う独特な建築の姿に大きな衝撃を与えられたのだった。
それ以来、世界の本当の姿を知るために各地を旅してまわり、未知の建築文化を訪ねるにつれ、日本もヨーロッパも世界のさまざまな文化の一つにすぎないと悟るに至った。 とりわけ目を見はったのは広大なイスラム圏であって、各地の先行文化と融合して地域ごとの変化を生みながら、しかし全体として確固たる 「イスラム建築」 を打ち立てている姿は驚異的であった。 それでも私の中心的な探訪の地はインドであり続け、今までに 12回旅をして、一回あたりの平均日数は 45日なので、合計で 540日もインドおよび周辺国を歩きまわったことになる。
その半ばまではインドの刺激を求めての旅であったが、ある時からインド中の主要な建物の写真を、全部自分一人で撮影してしまおう という無謀な決心をしてしまった。 寒村や山奥にも足をのばすだけでなく、同じところにも 2度 3度と行っては写真を撮りなおして、最終的にスライドボックスに整理したスライドの数は、インド国内で 1万 7,000枚、周辺国までいれると 2万枚におよんでいる。 撮影した建物の数は 2,000を超えているだろう。 建築写真であるから、いつも三脚と あおりつきレンズを携行してじっくり撮影しようとするのだが、インドではそれが容易なことではない。 田舎の町や村は旅してまわること自体が困難な上に、撮影をめぐるトラブルはしじゅうであり、時には警察や軍に連行されたりもした。
それでもこの 20年のあいだに日本人の眼が次第にアジアに向けられるようになり、私が撮りためた写真が 日の目を見るようにもなった。 プロの写真家でもない自分が、このように豪華なカラー写真集を出版することになるとは 思いもよらないことだったが、南アジアの偉大な建築文化を 少しでも日本に紹介したいという願いが、少しづつ叶えられることになったのは 大きな喜びである。
〈悠久のインド〉 といわれた国も 20年の間にはずいぶんと変わったし、近年は開放経済のもとで日本との関係も深まりつつある。 日本人がインドを訪れたり、その文化に触れたりすることも多くなることだろう。 本書がインド文化の理解のために、いささかなりとも役立つことができれば幸いである。 出版に協力して下さった方々、そしてインドで親切にしてくれた多くの人々に、心から感謝したい。
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< その他の新聞、雑誌における紹介文 >
● 「東京新聞」 (1996/9/22 )
知恵と人力の粋を集めて
E・M・フォスターの小説 『インドへの道』 に、英国人女性アデラが、かの地で道に迷い、野原の古代寺院の遺跡に 突然出くわす場面がある。 彼女は そこで石に刻まれたエロチックな彫刻を見て、意識が異様に撹拌されていく。
インドの建造物は 仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、ジャイナ教と 多彩な宗教的特徴を備え、寺院・庭園・宮殿など、古代から現代まで それぞれの時代で多様な展開がある。 様式別にディスプレーされた本書の建築物の美しさには、だれもが瞠目させられるに違いない。 インドでは 至るところに見事な構造美と精緻なレリーフがほどこされた建築物が 褐色の大地の上に立っているという。
超越的な力に突き動かされ、知恵と人力の粋を集めて造られたそれらは、アデラでなくとも、こじんまりした近代人の感覚を大きく揺さぶる迫力がある。 解説も丁寧だ。 (ここに掲載の)写真は、南インドの ドラヴィダ寺院の回廊。
● 「日経アーキテクチュア」 (1996年11月4日号 )
インドに魅せられた建築家、神谷武夫氏が、とらえどころのない インド建築の魅力を その宗教の多様性から論じ、建築家の目を通して インド建築に見られる特性を 26章に分けて紹介する。 取り上げた建物は 100ヵ所、写真 435枚にのぼり、インド建築の多様性に 改めて目を見張る。 まさに建築を通してインド全体を見せてくれる。 (aj )
● 「聖教新聞」 (1996/11/27 )
東京芸大出身の建築家が かの大陸に魅せられ、古代の土饅頭から 現代の高層建築まで、2000を超える 各地の主要建物を撮影し、26章建てで紹介する。 建物を彫刻作品のように造る特性の発見や、インド建築は 本来が木造原理によることなど、多彩にして見事な個性の完成を示す インド建築全体についての総合的な識見が得られよう。 (ここに掲載の)写真は、さまざまな伝統が混在する 西インドの墓廟、バクターワル・シング廟。
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