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筆者は インドを旅することが多いのであるが、あるとき ホテルで新聞を読んでいたら、ARCHITECT と言う文字が目についた。 だれか 建築家のことが扱われているのかと思ったら そうではなく、ドイツの大数学者、フェリックス・クラインについての記事であった。 彼を 「近代数学のアーキテクト」 と称して 誉めたたえているのである。 これを 「近代数学の建築士」 と訳すわけにはいかないだろう。それでは誉め言葉にならないからである。
あるいはまた、こんなこともあった。 書店で本を探していたときに “THE ARCHITECTS OF INDIA” というタイトルが目について 手に取って見ると、それは 建築家たちについての本ではなく、ネルーやガンディーをはじめとする、インドの政治家たちの列伝であった。 大政治家と言うのは 「国家のアーキテクト」 だというわけである。
アーキテクトという言葉について 多少なりとも知っている人なら、その比喩を理解できるだろう。 アーキテクトを 建築家と訳せばそれで良いではないか、と思うかもしれない。 けれども、そのとき 「アーキテクト」 という言葉がはらんでいるイメージと、「建築家」 と訳したときにまとわりつくイメージとの差異については、あまり意識されない。 「国家のアーキテクト」 というのは、レンガを積みあげて建物を造るように国家を建設した人、というわけではない。 それは官僚や行政官のイメージなのであって、政治家のイメージというのは国家のヴィジョンを提出し、それを実現するためのシステムを設計する人のことであり、それだからこそ アーキテクトになぞらえられるのである。
それでは 「アーキテクト」 とその訳語である 「建築家」 そして 「建築士」 はどう違うのだろうか。 筆者は4年ほど前に 『文化の翻訳−伊東忠太の失敗』 という論文を書き、アーキテクチュアを 「建築」 と訳すことの不都合について詳述した。 それをもとに 今回は、アーキテクトの訳語について考えてみたい。
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いうまでもなく 「建築家」 というのは、英語のアーキテクトをはじめとする 西欧語の訳語であって、「建築」 の語と同じく、江戸末期から明治の初めにかけて 新たに造語された言葉である。 アーキテクチュアというのは、日本にはなかった抽象的概念を表す言葉であったから、なかなかその本質が理解されず、適切な訳語が確立しなかった。
建築学会の前身は 「造家学会」 といって、これは工部大学校を卒業した造家学士を正会員とした。 辰野金吾ら創立会員は、これをRIBA (王立英国建築家協会) やAIA (米国建築家協会) にならったアーキテクトの協会とすべく、その英語名称を 「The Institute of Japanese Architects」 としたのだった。 したがって当時は アーキテクトを 「造家師」 とか 「造家学士」 と訳したりもした。
しかし 「造家」 はアーキテクチュアの訳語としてあまりにも不適切であったので、当時すでに民間に流布していた 「建築」 という語が採用されると、アーキテクトの訳語も 「建築師」 や 「建築士」 「建築家」 という名称が一般化する。
中国や台湾では今もアーキテクトを 「建築師」 と呼んでいるが、それは この当時日本から伝わったものである。 (我が国でも イプセンの戯曲 『建築家ソルネス』 が、つい最近まで 『建築師ソルネス』 と訳されていた。 文学者は、アーキテクトを建築士や建築家とは 訳す気にならなかったのだろう。)
日本では、国家がライセンスを与える資格には 「○○士」 と名付けるのが慣例となるにつれて、アーキテクトたちも 「建築士」 の名称を採用して、その権利と義務を明らかにする 「建築士法」 の制定を願い、運動を始める。 ところが それは いつまでたっても成立せず、一方建築士の集まりであったはずの建築学会は、全国の工学部建築 (建設)学科の連合体となるにつれ、アーキテクトの集団ではなく、「建設工学」 に関する学術団体へと変身していったのである。 ア
アーキテクトたちは 学会とは別に 「建築士会」 を設立し(明治44)、それが現在の 「日本建築家協会」 の遠い前身となった。
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さて 念願の 「建築士法」 が成立したのは、明治でもなければ大正でもなく、はるか下って、戦後の昭和 25年であった。 ところがその内容は、アーキテクトたちの考えていたものとは程遠く、建設業界寄りのものとなってしまっていた。
そこに規定される 「建築士」 の意味はアーキテクトではなく、むしろ広い範囲の ビルダーになってしまったのである。 それまで長くアーキテクトの訳語として用いられてきた 「建築士」 という言葉が、国家によって、いささか異なった意味あいに定義されてしまった時、自分は単なる建築士ではなく アーキテクトである、と考えた人達は、やむなくそれとは別の訳語で、「建築家」 と自称することになる。
その最大の根拠は、「アーキテクトは、第一義的に依頼主(建主)の代理人なのであって、工事業者や材料業者の利益に奉仕するものではない。 施工サイドに雇われることも可とする建築士は、アーキテクトではありえない」 の一点であった。
こうして明治以来の経過をたどってみればわかるように、「建築家」 という言葉は、日本のアーキテクトたちが本来望んだ名称ではない。 「建築士」 という言葉が西欧的なアーキテクトの理念とは 大きくくいちがってしまったために、建設業者や材料業者には属さない フリー・アーキテクトのみが、それまで俗語にすぎなかった 「建築家」 という名称を 用いることにしたのである。 それは、公的な保証が何もない、苦渋の選択であった と言うべきであろう。
ところが 「建築家」 という言葉がアーキテクトの訳語として普及するにつれて、建設業の設計部の人達までが 「建築家」 を自称するようになったのは、大きな矛盾なのである。
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では、そもそも ヨーロッパで成立したアーキテクトとは、どのような理念を表しているのであろうか。
その原語 「アルキテクトーン」 を、アリストテレスは 「アルケー」(ものごとの原理) から出発して、「アルキテクトニケー」 (諸芸を統括する原理、術) の持ち主と説明した。 古代から中世にかけて、諸芸 (テクネー) を統括する場は建物であった。 諸芸を総合して、建物を美的な造形物にする芸術家と技術家の役割を、アーキテクトは同時に担った。 そして近世の市民社会が成立すると、単に自己の利益のために働くのではない、市民社会に献身する自由業としての献職 (プロフェッション) になったのである。
こうした多面的な条件を満たすのが アーキテクトであるのなら、ゼネコンの設計技術者も、営利法人としての株式会社を経営する建築家も、アーキテクトとは言いがたいだろう。
まして、技術的な知識のみの資格たる建築士は、ビルダーではあっても アーキテクトであるはずがないのに、 『学術用語集−建築学編』 や 『建築大辞典』 で、「建築士」 の英訳が 「registered architect」 とされているのは 奇妙なことである。
こうした状況を一言でいえば、世界に通用しない 「あいまいな日本の建築家制度」 ということになろう。 筆者は、アーキテクトを正しく定義するために、あまりにも問題の多い 「建築」 や 「建築家」 という語を捨てて (建築家という言葉も、字義どおりの意味はビルダーであってアーキテクトではない)、「原術」 および 「原術家」 という訳語を提唱するものである。
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建築家のプロフェッションの変化 ということが、最近話題にされることが多いようである。 その内容のニュアンスはともかく、「もはや 古典的なアーキテクトのイメージなど、現代では通用しない」 といった意見は、私が学生であった 30年も前から しじゅう耳にしている。
けれども、我が国に 「古典的なアーキテクト」 の制度が確立したことなど一度もない。 それを確立しないままで、単なる技術屋としての建築士を何十万人も量産して、商業化の道を走らせ、日本の設計界の平均レベルを下げて、この国の都市景観を貧しくしてきたのではなかったか。
きちんとしたアーキテクトの制度を確立しないままで、最近の世界の歩調の変化をのみ強調して 「プロフェッションの変更」 を主張するのは危険なことであり、それは大規模開発を主な仕事とする巨大設計組織を利するだけではないだろうか。
最近では コンピュータのシステムの設計者を 「コンピュータ・アーキテクト」 という。 世間では 「アーキテクチュア」 といえば、それはコンピュータ用語だと思う人が増えているが、おもしろいことに、『コンピュータアーキテクチャ』 (馬場敬信著、オーム社、1994) という本にはこんな記述がある。
「コンピュータ・アーキテクチャは、まさに 技術の裏付けに立った芸術である。 歴史的に有名なコンピュータ、各時代の高性能コンピュータのアーキテクチャは、何かしら 見る者に美しさを感じさせるものがある。」
21世紀においては、生命科学の大きな発展が予想される。 単純な生命体は創造されるようになるかもしれない。 その時に、その生命体の形を決定するのは誰だろうか。 先端的な科学と芸術を総合する場が、建物からコンピュータへ、そして生命体へと移っていくのなら、被造物に形をあたえる神のような役割を果たすクリエイターこそが、21世紀を代表する原術家 (アーキテクト) であるのかもしれない。
《 結語 》
パソコンの世界では、日本語で動かせるコンピュータという特殊性によって、つい最近までNECの製品が、世界から孤立した日本市場をほぼ独占していた。
ところが 基本ソフトとして 「ウィンドウズ」 の日本語版が急速に普及するにつれて、もはや日本は特殊な市場ではなくなり、国際規格のコンピュータが 自由に使えるようになった。 NECの製品も 次第にIBMの互換機となりつつあり、国際規格への変身を迫られている。
こうした国際化の時代にあって、我が国だけが あいまいで特殊な 「建築家−建築士」 の制度をとり続けるのは もうやめにして、世界に通用する アーキテクトの制度を確立すべきである。 そのためには、専業建築家とゼネコンの設計技術者が いがみ合っているだけではなく、21世紀の日本の建築文化のために、国際規格へ向けて 建設的な協議を始めるべきではないだろうか。
執筆 :1995年 4月
初出 :日本建築学会 『建築雑誌 』 1995年 7月号
特集 「建築家−そのあるべき姿と ありうる姿」
《 追補 1 》
( 2010/04/02 「お知らせ」欄 より )
月遅れの建築雑誌をパラパラとめくっていたら、『新建築』 2月号の巻頭エッセイに、建築家の仙田満氏が 「創造性を喚起する社会へ」 という文を書いているのが目につきました。 仙田氏は 日本建築家協会や 日本建築学界の会長もつとめた方です。
建設省をはじめとして、公共建築の設計者 (設計事務所) を選ぶのに、設計料の入札で決めていることを 仙田氏は嘆いていますが、では、本当に それを なくしたいと思っているのでしょうか。 日本では 驚くべきことに、大多数の設計事務所が 株式会社の形態をとっています (有限会社でも同じことです)。 これは 建築家が、自分の事務所が 営利企業であることを宣言していることになります。 こんな国は、日本以外に 世界のどこにもありません。
設計事務所の人は 工事会社やメーカーを 「業者」 と呼びますが、官庁では、営利企業のことを 「業者」 と呼んでいます。 そうであれば 株式会社の設計事務所も 「営利業者」 の扱いになるわけですから、そうした 「設計業者」 を選定するのに、最低価格で入札をする 「会社」 を選ぶことに、矛盾はありません。
病院 (医院)や 法律 (弁護士)事務所は 株式会社となることはできませんから、「業者」 とは呼ばれません。 それらは、金儲けを目的とする業務であってはならないからです (そういう、公共に奉仕する業務を、本来は 「プロフェッション」 と呼びます)。
したがって、これらを選定するのに、価格競争の 「入札」 など しません。 また、画家や音楽家のような 芸術家もそうです。彼らは 「業者」 ではないのですから、価格競争ではなく、その仕事にふさわしい 才能をもった人が選ばれます。
建築家が、株式会社の社長をやっていながら、弁護士や作曲家の場合と同じように 建築家を選んでほしい というのは、筋が通りません。 仙田氏の事務所も、株式会社なのでは ないでしょうか。
「私たち建築家 および建築関係者は 日本を 「創造性を喚起するシステムを持つ国」 に変えるべく、粘り強く発言し続けていかねばならない」 と、本当に そう思っているなら、まず 株式会社であることを やめるべきです。
建築家を設計料の 入札で選ぶ (つまり、最も設計の手を抜く、と表明する設計事務所を選ぶ) という、世界のどこにもない、日本だけの堕落したシステムは、大多数の設計事務所が株式会社であるという、世界のどこにもない 堕落したシステムに 対応しているのです。
《 追補 2 》
( 2010/06/16 「お知らせ」欄 より )
今回 (2010年 5月) 旅行したスペインは、日本よりも はるかに大きな国土面積をもっていますが、経済や人口の面では 日本よりも小国です。 それにもかかわらず、旅行者の目には 日本よりも むしろ豊かに見えます。 それは 町々が美しいからです。 ヨーロッパに比べて、日本の都市は醜いと、誰もが そう思うでしょう。
そうなった原因のひとつ、それも大きなひとつは、日本に建築家の制度が確立しなかったからです。
建築教育 (建設教育ではない) が 工学部で 工学教育の片手間に行われ、建築家は 「設計技師」 あるいは 「ビルダー」としてしか 社会から認識されず、工務店や建設会社が設計部をもち、設計部員が社会への貢献よりは 会社の利益のために働き、「建築」 という言葉が 「アーキテクチュア」ではなく 「ビルディング」や 「コンストラクション」の意味に定義され、設計事務所は営利企業の株式会社となり、建築書 (工学書ではない) が 書店の理工学書売り場に置かれるために一般の人の目にふれず、そもそも 私の書いた建築書は マフィアの妨害によって 出版さえも妨害され、建築界の人間は 誰もがマフィアを恐れて押し黙ったままという、こんな国で 美しい都市が造られるはずも ありません。
日本の建築界 (建設界ではない) は、じきに 韓国や中国やインドに追い抜かれるばかりでなく、早晩 崩壊するのではないでしょうか。 近年の建築雑誌を見ていても、その流れは明らかです。 そして 私が最も危惧するのは、このマフィアが支配する建築界の構図が 次第に世界に輸出され、将来、世界から 建築家が いなくなってしまうのではないか、ということです。
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