| 楽園のデザイン |

ジョン・ブルックス著, 神谷武夫訳, 1989年, 鹿島出版会 |
名訳の評価をもらい、4刷りを重ねています。 |
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建築物だけでなく 造景や造園も、その時代その社会の人々の 「心のかたち」 と切り離して眺めることはできない。 それはちょうど服装というものが、個人の趣味だけでなく、時代の流行に どうしても制約されてしまうことと似ている。 本書は風土や生活様式を念頭に置きながら、イスラム地域の庭園のデザインに焦点をあて、その理念を具象的に探ろうとしている。 偶像崇拝を厳禁したイスラム世界では、人間をふくめ生きとし生けるものの姿を石の上に描くことはできなかった。 そのかわり、ヨーロッパ世界には類を見ないような抽象度の高い幾何学模様が、建築デザインにおける美的表現として発達した。 本書の特色は 建築史において従来あまり注目されなかったイスラムの造景と造園を、正面から本格的に取り上げた点であろう。 それは建築物で仕切られることによって はじめて生み出される不思議な空間なのである。
砂漠世界で希少価値をもつ植物の位置、壁で囲むことの意味、水利技術との関係、園亭、柱廊や回廊の構造とリズム。 こうした点を、ペルシャ、スペイン、インド、エジプト、シチリア、トルコ、そして現代のイスラム諸国に足をはこび読み解いてゆく。 歴史書としても十分読みごたえがあるだけでなく、説明がおしつけがましくないのがいい。 著者自身が造園家でもあるためだろう。 |
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豊穣なイスラム文化の伝統 ぼくがイスラム式の庭園に はじめて踏みいったのは、スペインのバルセロナ、とある教会の内庭だった。 泉の噴水のかもしだす虹がみずみずしく、暑い空気を忘れさせる風を生みだして、苔が眼にすずしい。 そこから逆に ぼくは、まだ見ぬイスラム世界の砂漠を想像したりしたのだが、果たして 中東の空間に にじりよってみると、その風土のなかで どれほど庭園が重要な意味をもっているのかが実感できた。 周囲の風土がきびしいほど、かすかな人工のせせらぎの音さえ、精神を回復させる力をもつことになるのだ。 本書に引用されている サックヴィル=ウェストの記述のように、ただの日陰が 無上の楽園と思えるのである。 イスラムの庭園には 多くの呼び名があり、本書の中心概念になる ペルシア語のバーグ (庭園) もそのひとつである。 いくらか歴史をさかのぼれば、このことばは 芳香をあらわすブーと、場所をしめす後置詞 エスターンを組みあわせたブースターン (庭園、果樹園) とか、フィルドースなどの語にゆきあたり、その多様さ そのものがイスラム庭園の深い伝統を教えてくれることに気づくだろう。 また 楽園の概念と結びついた中近東の庭園は、ながく東西の園丁術のモデルとなり、たとえば紀元前 4世紀のクセノフォンに ペルシアの庭園に関する記述がすでにあることからも、その影響力の大きさが想像できるだろう。 本書は イギリスのランドスケープ・デザイナーである ジョン・ブルックスが、イラン、スペインなどの実地調査にもとづいて イスラム庭園の歩みを述べ、その構造と意味を 現代の建築空間に再生させようとする試みである。 それは同時に、イスラム建築論、イスラム空間論としての意義をもっているが、なにより 庭園という小さな拡がりのなかに ミクロコスモスを封じこめ、豊かな精神世界を醸成した古代人の智恵をとらえていて 興味深い。 一例を引こう。
こうした庭園の理解は、イスラム教の登場と その伝播にしたがって広範な世界に広まり、西はスペインから北アフリカ、東はインド中部から東南アジアに至っている。 本書では それを大きく スペイン、ペルシア、インド、地中海世界に分けて記述しているけれど、とりわけ グラナダのアルハンブラ宮殿、庭園都市としてのイスファハーン、あるいはインドのタージ・マハル、イスタンブールのトプカプ宮殿など、すでに親しみのあるイスラム建築を 庭園の分析から見た各節は、おおいに刺激的である。 そこには 複雑なイスラム世界の王朝史があるが、残された庭園は、みごとに その底流をなすイスラムの伝統を語っているからである。 さらに本書は、イスラム独特の給水システムである 一種の地下水道のカナートやファラージュに触れ、その機能から 装飾としての水の意味へと論を進めている。 じっさい、水はイスラム庭園を楽園のイメージに近づける最大要素であったのみならず、古代の灌漑技術の水準の高さを証明するものでもある。 その技術に支えられて、はじめて イスラムはすぐれた植物学と園丁術の伝統を保ちえたのだ。 著者は最後に イスラム庭園の今後について提言をおこなっているが、そこには複雑な中東情勢と政治問題が横たわっているため、簡単な論評はさしひかえるほかないけれど、イスラムが その豊饒な庭園技術を持続してゆくためには、その歴史と現在を有機的に理解する必要がある。 だからこそ、本書のように 空間デザインをとおしてイスラムの伝統の深みへと 実践的に接近する試みは、なにより貴重な姿勢と いわなくてはなるまい。 ( 『建築知識』 1989年 10月号 )
< その他の新聞、雑誌における紹介文 >
● 「毎日新聞」 (1989/7/17 )
● 「月刊 ASAHI」 (1989年8月号 )
● 「室内」 (1989年7月号 )
● 「アート トップ」 (1989年8/9月号 )
● 「庭」 (1989年9月号 ) |
序文 (M・A・ザキー) | 002 | |
| 序 章 | 庭園の伝統 | 006 |
| 第1章 | 楽園としての庭園の概念 | 018 |
| 第2章 | イスラム庭園の源流 | 028 |
| ペルシア | 034 | |
| 第3章 | イスラム期のスペイン | 042 |
| コルドバ | 043 | |
| セビーリャ | 051 | |
| グラナダ | 054 | |
| 中庭としての庭園 | 074 | |
| 第4章 | イスラム期のペルシア | 089 |
| ティムール朝帝国 | 089 | |
| サファヴィー朝とそれ以後 | 098 | |
| イスファハーン | 098 | |
| シーラーズ | 113 | |
| その他のペルシア庭園 | 121 | |
| 第5章 | ムガル朝のインド | 134 |
| バーブル (1483〜1530) | 144 | |
| フマユーン (1508〜56) | 151 | |
| アクバル (1542〜1605) | 154 | |
| ジャハンギール (1569〜1627) | 160 | |
| シャー・ジャハーン (1592〜1666) | 176 | |
| アウラングゼーブ (1618〜1707) | 185 | |
| 第6章 | マグリブ、エジプト、シチリア、トルコ | 197 |
| マグリブ | 197 | |
| エジプト | 202 | |
| シチリア島 | 212 | |
| オスマン帝国 | 213 | |
| 第7章 | イスラムの景観における水と植物 | 222 |
| 伝統的な給水システム | 222 | |
| 装飾要素としての水 | 226 | |
| 第8章 | 今日のイスラム庭園とその将来 | 236 |
| 今日のイラン | 240 | |
| その将来 | 246 | |
| 付 録 | 中東における庭園設計のためのノオト | 249 |
| 砂漠の風土による制約 | 249 | |
| 床面 | 254 | |
| 庭園構成 | 256 | |
| イスラム世界の地図 | 266 | |
| 訳者あとがき | 268 | |
| 年表 | 274 | |
| 索引 | 278 |