PROLEGOMENA to INDIAN ARCHITECTURE 
インド建築入門

神谷武夫

インド建築入門

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このページには、雑誌などの求めに応じて書いた、インド建築についての初歩的な解説の文章を集めました。体系的なものではありませんが、気軽に読んでインド建築に親しみを感じてもらえればと思います。今後も、少しずつ記事をふやしていきます。

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インダス文明が衰退したあと、紀元前 1500年頃に インドに来住したアーリヤ人が「ヴェーダ」の宗教を作った。後にバラモン教と呼ばれるもので、多数の神々に犠牲を捧げる 祭祀の宗教であった。これに反旗を翻して、神々ではなく、悩める人間のための宗教を始めたのが、シャカ族の王子 ゴータマ・シッダールタである。紀元前5世紀頃に王子の地位と妻子を捨てて シュラマナ(修行僧)となり、6年間の苦行の後、ガヤーの南の村にあった ピッパラ樹のもとで瞑想にふけり、ついに悟り(ボード、菩提)を開いた。これ以後、ゴータマはブッダ(悟りを開いた者)、ピッパラ樹は菩提樹、村は ボードガヤーと呼ばれるようになった。ブッダの教えは広く受け入れられ、とりわけ前3世紀のアショーカ王の庇護により、バラモン教に代わってインドの支配的宗教となった。
不思議なことに バラモン教はまったく寺院を残していないので、インド建築は 仏教建築で始まることになる。といっても、古代のインドは樹木が豊富であったために寺院はほとんどが木造だったので、それらは すべて消失してしまった。現在に残る仏教遺跡は、ストゥーパ、石窟寺院、それにレンガ造の 僧院址である。ナーランダーは随一の仏教センターで、レンガ造の多くの僧院が建ち並んでいた。後世 これを仏教大学とも呼ぶが、7世紀には 三蔵法師のモデルとなった中国僧・玄奘も ここで学んだのである。

菩提樹
菩提樹を礼拝する人々(サーンチーのトラナ彫刻)

今でこそ 仏教寺院に仏像は つきもので、信者は寺院で仏像を礼拝する。しかし 仏教が成立してから 500年くらいの間、仏像というものは存在しなかった。おそらく 後のイスラム教と同じように、ブッダを偶像にして崇拝するのは 本来の信仰ではない と考えられたのだろう。
では 信者は何を礼拝したかというと、ブッダを暗示 ないし象徴するもの、すなわち 菩提樹や仏足石、法輪(ダルマチャクラ)、台座などであった。これらを総称して チャイティヤ というが、中でも 菩提樹は 悟りへの道を示すものとして 盛んに礼拝された様子が、多くのレリーフ彫刻に刻まれている。
ボードガヤーにおけるのと同じように、チャイティヤとしての菩提樹には 傘が差し掛けられ、欄楯(垣根)がめぐらされて 聖化され、さらには 門がつけられたりして、建築的に荘厳されるようになる。このボーディガラ(菩提樹堂)こそが、最初の仏教寺院の形であったに ちがいない。

( 『インド古寺案内』 仏教建築 より )



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