第3章
SOUTHERN AMERICA
アメリカ 南部

神谷武夫


フロリダ・サザン・カレッジ

BACK     NEXT


フロリダサザンカレッジ

FLORIDA SOUTHERN COLLEGE, 1938-58,
Lakeland near Tampa, Florida

 フロリダ州のタンパ周辺には、フロリダ・サザン・カレッジと サウス・フロリダ大学という、よく似た名前の大学がある。前者は19世紀の終盤に創立された 名門私立大学で、後者は20世紀半ばに創設された州立研究大学である。タンパから 50kmのレイクランドにある前者は 小規模で、しかも私立なので、学長の裁量権は大きく、1938年に 当時のスパイヴィ学長が 「フロリダに教育の殿堂」を作りたいと願って、この年『落水荘』によって建築界の頂点に登りつめたライトに 電報を打ち、大学の中央部のキャンパス計画と その建物群の設計を依頼したという。
 その結果、これはライトの 都市計画ないし地域計画の手法の一端を、実現したものとして知ることのできる 唯一の作例となり、また ライトの建築作品が、一か所で 最も数多く見られる所となった。計画された18の建物(そのうち完成したのは7つだったが)と それらを結ぶエスプラナード(遊歩廊)から成る このキャンパス計画全体を、ライトは「太陽の子」(Child of the Sun) と呼び、1938年から、世を去る 1959年まで、20年の長きにわたって フロリダ・サザン・カレッジの施設の設計を行った。そのエリアは、現在のキャンパスの1/4ぐらいの面積になる。

配置図

フロリダ・サザン・カレッジ、配置図
赤字は ライトが設計した建物、黄色は エスプラナード





ファイファーチャペル

Annie Merner Pfaiffer Chapell, 1938-41, Lakeland

ファイファ
ファイファー・チャペル, 1941

 最初に建てられたのは、アニー・ファイファー・チャペルだった。キャンパス内で一番大きな建物であり、随一のランドマークである。ランターン・タワーと呼ばれる塔状部が 実に不思議な形をしていて、内部の吹き抜けのコンクリート・ボックスの上に、植物を絡ませるための金属のフレームが架けられている。タワーの内部には 礼拝室の上部が高く吹き抜けていて、それにスカイライトを与えているのだが、そのガラス天井の天井高さは 塔状部の半分くらいである。もしタワーの外形がその高さに造られていたら、これほど 印象深いランドマークには ならなかっただろう。
 つまり インドの『タージ・マハル廟』と同じように、塔状部の外観を 実用上の必要の2倍もの高さの造型物にすることによって、人々から感嘆されるような モニュメンタルな作品としたのである。

ファイファ  ファイファ
ファイファー・チャペル 外観、日時計、会衆席吹抜

平面図
アニー・ファイファー・チャペル 平面図
( From website "Great Buildings. com" )

 ファイファー・チャペルでは、内部の吹抜けの2階の高さで 内陣と会衆席を仕切るスクリーンに、独特な意匠の彫刻を施している。この頃 ライトは「ユーソニアン・ハウス」においても、こうした装飾的「切り抜き細工」のようなスクリーンを、しばしば 木の板で作っている。おそらく、かつての 費用のかかるステンドグラスのような 装飾効果を、もっと安価に得る方法を 探求していたのだろう。

ファイファ  ファイファ
アニー・ファイファー・チャペル内部




セミナーズビルディング

Seminars Building, 1940-41, Lakeland

セミナーズ
セミナーズ・ビルディングズ

 セミナーズ・ビルディングズは 3棟の同型の建物から成り、それらをエスプラナードが緊密に結び付けている。建物はコンクリート・ブロックによる壁構造で、それぞれ エスプラナード側に事務室、奥に大教室を置いている。

セミナーズ  セミナーズ
セミナーズ・ビルディングのエスプラナードと、コンクリート・ブロック




(旧)図書館

E.T. Roux Library, 1941-45, Lakeland

図書館  図書館
旧図書館, 1945,(現・会議場)

 E・T・ルー図書館の設計は 1941年に終わっていたが、第二次大戦の終わる1945年まで 工事にかかれなかった。規模が小さいので 学生数の増大に対応できず、20年後の 1968年に新図書館ができてから、ここは会議場として用いられている。

平面図
旧図書館 平面図
( From "Frank Lloyd Wright Companion" by W.A. Storrer, 1993、p.261)

 円形プランの中心に司書のカウンターがあり、そこから すべての閲覧机が 見渡せるようになっていた。机の列は外側ほど 床が高くなっていて、緩やかな階段教室の趣きである。外部を眺める窓はないが、周壁の上部と吹抜け部に 採光窓がまわっている。カウンターの背後の棟に開放書架が並び、地下には小チャペルがある。

図書館   図書館
旧図書館(現・会議場)内部



管理棟、エスプラナード

Administration Building, 1945-48, Lakeland

フロリダ  フロリダ
管理棟とエスプラナード

 ライトはキャンパスの「へそ」として大きな円形の池を造り、その円周から中心に向かって噴出する多数の噴水によって作られる「水のドーム」を、キャンパスの最大のアトラクションにしようとした。この池の東側に セミナーズ・ビルディングズを、西側に管理棟を配して、来訪者にも強い印象を与えることを意図した。
 管理棟と各施設とは、捉えどころのない独特な形状の柱が建ち並ぶ 屋根付きのエスプラナード(遊歩廊)で結び、雨の日にも 濡れずに行けるようにした。キャンティレヴァーの屋根スラブは 各建物と接合して、時にはその一部となる。どこまでも連続して、次々と展開するキャンパス景観の 通奏低音のごとくである。

フロリダ
エスプラナード(遊歩廊)




オードウェイ産業美術校舎

Ordway Industrial Arts Building, 1952, Lakeland

オードウェイ  オードウェイ
オードウェイ・産業美術校舎, 1952

 これは 1942年に計画された時には 学生センターとして設計されたが、やがて産業美術(木工と金工)の工房に用途変更された。2つの中庭を囲んで 食堂や講堂まで備えた 独立学校のような構成をしていて、大戦による資材不足や 大学側の資金不足によって、着工は 1952年になった。建物名には、資金を援助した資産家のルーシャス・ポンド・オードウェイ(Lucius Pond Ordway)の名が冠されている。

平面図
オードウェイ・産業美術校舎, 平面図
( From "Frank Lloyd Wright Companion" by W.A. Storrer, 1993、p.263 )




ダンフォースチャペル

William H. Danforth Chapel, 1955, Lakeland

チャペル
ウィリアム・ダンフォース・チャペル, 1955

 ダンフォース財団の支援によって建てられた、無宗派の 瞑想用の小チャペル。小さくともピカリと光る作品で、学生の結婚式場として人気がある。ただ、内部のアート・グラスの色が 少々 けばけばしくて、瞑想には 不釣り合いと思われる(瞑想用の小チャペルと言うと、どうしても サーリネンの M.I.T.チャペルを思い浮かべてしまうので)。かつてのプレーリー時代の繊細なステンドグラスを好む者には、違和感があるだろう。

チャペル  チャペル
ダンフォース・チャペル, 1955




科学・天文学棟

Science and Cosmography Building, 1953-58, Lakeland

サイエンス  サイエンス
科学・天文学棟, 1958

 4つの部門(物理学、生物・植物学、地球生物科学、天体・星辰学)及び 柑橘類研究所から成り、3階の端部に プラネタリウムがある。
 カリフォルニアのテキスタイル・ブロックの住宅は4軒で終わってしまったが、ライトは折にふれて もっと単純な意匠のコンクリート・ブロックを作らせては使った。ダンフォース・チャペルや科学・天文学棟で使われているのは 最も簡素なデザインにして 最も成功したテキスタイル・ブロックだと思う。積まれた壁面は 抑制された美しさの、印象的なパターンを作っている。




ライトのメモリアルプレート

Memorial Plate of Frank Lloyd Wright

プレート
ライトのメモリアル・プレート 1959

 チャペルの脇の花壇の中に、ライトのメモリアル・プレートが設置されている。白く塗装したコンクリートに 変十字形(風車形)のラインが入り、十字の交差部に ライトのサイン(F LL W)入りの赤い磁器タイル、上に 文字列が貼り付けてあり、右下にはライトの没年 1959 がある。文字は次のように読める。

  BELIEVE TRUTH TO BE UR ORGANIS DIVINITY

これは にわかには 訳しがたい。 "Believe Truth to be Our Organ's Divinity" と書いたのが、形が崩れたのだろうか。 とすれば 「真実こそ われわれの器官のもつ神性だと信ぜよ」 というところだろうか。 言い換えれば、「われわれの身体各部に宿る神性、それこそが真実であると知れ」 ということか。 ライトの主張した「オーガニック・アーキテクチュア(有機的建築)」の根源をなす文として、エマーソンの影響を強く受けたライトの言葉を誌して、このキャンパスを設計したライトの 墓碑のような メモリアル・プレートに したのだろう。しかし、それにしては FRANK LLOYD WRIGHT の文字が無いのは なぜだろうか。




ライト没後の 弟子による建物

Auditorium and New Library, 1968, Lakeland

フロリダ  フロリダ
フロリダ・サザン・カレッジの オーディトリアムと、新図書館 1968

 ライトの没後の新築建物は、ライトの弟子で(フロリダ・サザン・カレッジを担当した)、ライトの死とともにタリアセンから独立して 自分の設計事務所を始めたフロリダの建築家、ニルス・シュヴァイツァー (Nils Schweizer, 1925-88 ) が 主に設計した。




BACK     NEXT

落款

TAKEO KAMIYA 禁無断転載
メールはこちらへ kamiya@t.email.ne.jp