ANTIQUE BOOKS on ARCHITECTURE - V
エドワード・A・フリーマン著
『 フリーマン建築史 』
Edward Augustus Freeman:
"A History of Architecture"
Firsrt Edition, 1849, Joseph Masters, London

神谷武夫

『フリーマン建築史』

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ジェイムズ・ファーガソンよりも早く 「世界建築史」 を書いた人がいます。 ファーガソンの 『世界建築史』 が出版されたのは、上巻が 1865年、下巻が 1867年、その前身となった 『図説・建築ハンドブック』 は 1855年でした。ところがエドワード・フリーマンという若者が 1849年に 『建築史』 (A History of Architecture) と言う本を出版していました。 最初に 「世界建築史」 を書いたのは誰だろうか という興味から、この、今から 156年前の古書を購入したのですが、目次を見ると確かに、「インド建築」 の章と 「アラビア建築」 の章がありますので、一応 「世界建築史」 の本だと言うことができます。
 そこで、バニスター・フレッチャーの 「建築史」 を 『フレッチャー建築史』 と呼んだように、今回の本は 『フリーマン建築史』 と呼ぶことにして、それがどんな本であるのかを見ていくことにしましょう。

 エドワード・オーガスタス・フリーマン (1823−92)は、しかし建築史家でも建築家でもありません。 それでありながら、456ページにわたる 「建築史」 を著述したのです。 本の 「まえがき」 には、最初 「バーンズ叢書」 の一巻として企画され 執筆依頼されたのに、中途で他の出版社に移譲されたので 出版が遅れてしまった、原稿は 前年の 1848年 1月に完成していた、と書いていますから、何と 著者 24歳ということになります。 驚異的な若年著述家ですが、オクスフォード大学の トリニティ・カレッジ出身の秀才で、後に イギリスを代表する歴史学者となり、大量の論文と著書を出版しました。 その代表作は 『ノルマン人によるイングランド征服の歴史』 (The History of the Norman Conquest of England) 全6巻 (1867-79)で、その詳細さにおいて 他の追随を許さぬ 不朽の名著と言われています。


『フリーマン建築史』 版元装幀

 その碩学が、20代においては 建築、特にキリスト教建築に熱中していて、ついに、建築史の本を書いてしまったのです。 これが彼の 最初の著書となりました。
 ところが、前回まで採り上げてきた建築史の本とちがって、これは まったく図版のない、文字だけの本です。 こんな 建築史の本が あるものなのかと驚きますが、この時代に図版を載せるとなれば 銅版画か石版画を 直接挿入するということになり、それには ずいぶんと費用がかかる、というのが、図版のない一つの理由だったでしょう。
しかしフリーマンは 「まえがき」 において、本書が描くのは、芸術としての建築であると述べています。 にもかかわらず 図版がないのは、当初 図版をいれることを意図していたが、すべてを完全に視覚化するのは 不可能であり、部分的に 不適切な図版を入れるのは、まったく無いよりも 却って問題がある、というような 詭弁を弄しています。
 でも、彼が目指していたのは、建築の実作品を通して 歴史をたどることよりも、建築の 理念の探求だったのだと思われます。 「序論」 には こう書いています (ワトキンの 『建築史学の興隆』 桐敷真次郎訳より)。

「・・・本書の全体的構想は、建築科学の哲学的な歴史を めざしている。 こうした試みの目標は、建築の芸術的原理 および それらの政治的・宗教的象徴性――私のいう象徴性とは 単なる細部の象徴性ではなく、様式および建造物全体の象徴性を意味する――を明らかに示すことにある。 構造・細部・考古学・教会建築学は 単に従属的なもの、偶発的なものとして現れてくる。 技術的事項は できる限り避けることになろう。」

 とはいえ、彼も、叙述が完全に図版化されることは 非常に望ましい、と 「まえがき」 に書いていますから、それを実現したのが、この本の 6年後に出版された、前回紹介の ファーガソン著 『図説・建築ハンドブック』 だったと言えましょう。


『フリーマン建築史』 の本文ページ

では、本の構成を見ていきましょう。 『フリーマン建築史』 の内容は、「序説」 のあと、全体が 2部に分かれていて、第 1部は 「まぐさ式建築」 で、量的には全体の 2割強、第 2部が 「アーチ式建築」 で、全体の 8割弱です。 「まぐさ」 というのは梁のことで、特に開口部の上に架け渡された 水平材を言います。 つまり、第 1部は木造的な (しかし石造の)柱・梁構造の建築を扱います。 ギリシア建築、エジプト建築、そしてインド建築などが ここに含まれます。
これに対して、水平材を用いない 組積造の建築では、開口部の上には アーチを架けることになります。 アーチを基本にした建築、すなわち、この場合には 古代ローマの建築と、ヨーロッパの ロマネスク、およびゴチック建築を第 2部で扱うことになりますが、「アラビア建築」 の章でイスラーム建築を論じています。
 フリーマンは当時、イギリスの外に出たことはないので、ヨーロッパ以外の建築のことは よく知りませんでした。 彼が頼りにした著述家として、チャールズ・フェローズや ジェイムズ・ファーガソンの名を記しています。  要するに 『フリーマン建築史』 は、その大半が ヨーロッパの中世建築、とりわけ宗教建築に宛てられているのであって、「世界建築史」 としては、いまだ萌芽期の書物であると 言わざるをえません。

 インド建築に関しては、この本の前年に出版されていた、ファーガソンの 『インドの古建築のピクチュアレスクな画集』 に頼らざるをえませんでした。 「インド建築」 の章の総論的なところでは、まだインドを見たことがなかった伊東忠太が その卒業論文 『建築哲学』 でなしたような悪口雑言を インド建築にぶつけています (57ページ)。 フリーマンの無知と偏見と言わざるをえません。
 しかしワトキンが、「にもかかわらず、フリーマンの本は知覚力に富み、理知的である」 と書いているように、少ない資料をもとにしながら、彼自身の解釈や見解を縦横に展開していて、13ページにわたる 「インド建築」 の章も、つまらないわけではありません。 インド建築の起源を 「石窟」 だと断言したりするのはまったくの誤りですが。

 イスラーム建築については どうかというと、18、19世紀のヨーロッパでは もっぱらゴチック様式が称揚されていましたが、その尖頭アーチの起源がイスラーム建築にある と考える人が多かったので、フリーマンも、第 2部 「アーチ式建築」 の中に 「アラビア建築」 の章をもうけて、25ページを宛てているのです。 そこでは、当時ヨーロッパに知られていた イスラームの建築作品、コルドバのモスクや アルハンブラ宮殿、カイロのイブン・トゥールーン・モスク、それにイスラーム建築の影響を最も受けた シチリア島の建物などが語られていて、ゴチックの尖頭アーチとは いかに違うかが強調されています。 しかし 何ぶんにも図版がないので、読者に対して 十分に説得的ではなかったと思われます。

 この本では 木造建築は扱っていないので、もちろん 中国や日本の建築の記述はありません。 それでも インドやイスラーム建築について言及しているという点で、かろうじて 「世界建築史」 の書物だと言えるでしょう。

 では、物としての本自体の魅力はというと、残念ながら、この 「古書の愉しみ」 シリーズで採り上げてきた書物の中では、最も物足りない本でした。 私の所有するのは、版元装幀の 青紫色の布装で (革装本が存在するのかどうか わかりませんが)、背には金文字箔押し、表・裏表紙には 枠取りの図案が空押しされています。
 しかし内部は文字だけで 図版がないので、建築書としての魅力は、ほとんどありません。 ただ 扉の向かいページには フロンティスピースとして 英国のゴチック様式の教区教会堂を描いた版画を貼ったと 「まえがき」 には書いてありますが、私の本では失われていて、その接着剤の跡も ほとんど残っていません。 歴史的な古書を所有しているという愉しみだけで 満足しなければなりません。

( 2011/ 07 /10 )


     < 本の仕様 >
      "A HISTORY OF ARCHITECTURE" 初版、
       エドワード・オーガスタス・フリーマン著
       1849年、ロンドンのジョゼフ・マスターズ社
       23cmH x 14cmW x 4cmD、850g、xxviii + 456ページ
       版元装幀による布装、金文字と図案型押し、青紫色、図版なし


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