● イスラーム文化は 建築によって代表される
冷戦が終わって世界は安定した平和に向かうかに思われたが、21世紀を迎えたとたんに 別の対立の構図が鮮明になってしまった。 アメリカ同時多発テロが発生すると、アメリカはイスラーム敵視政策を打ち出し、世界は一気に緊迫した状況になってしまった。 新聞やテレビが イスラームの報道をしない日はなくなったが、その内容はムスリム (イスラーム教徒) の過激派による政治テロ活動の報道に偏っているために、一般人のあいだに、ムスリムが皆 戦闘的で非文明的な人々であるかのような 誤った先入見を植えつける働きをしている。
しかし世界の人口の 5分の 1 を占めるムスリムの大部分は、その共通のあいさつの言葉 「アッサラーム・アライクム」 が 「あなたがたの上に平安がありますように」 という意味であるように、一般日本人と同じように 平和を希求する人々である。 対立の構図を煽るのではなく、世界の人々が平和に共存することを促進するためには、お互いに異なった文化を理解し、尊重しあうことが何よりも必要であろう。
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ただ イスラーム文化においては、偶像崇拝や それに類することが厳しく禁じられているために、生き物の姿を描く絵画や彫刻が十分には発展してこなかった。 演劇や舞踊も同様である。 したがって ムスリムの芸術的表現意欲が高度に発揮されたのは、主として建築と庭園、そして書道 (カリグラフィー) であった。 そして庭園は建築と一体化し、書道は建築の壁面を装飾するのであるから、私たちがイスラーム世界の文化を知るためには、まずもって建築について理解することが 必須なのだと言える。 しかしながら これまでのところ、イスラーム世界の宗教解説や 政治分析の分野に比べて、建築に関する出版活動はきわめて不十分なものであった。 本書はその欠を埋めるために、建築の専門家にとっても、一般読書人にとっても 理解しやすい、イスラーム建築の 総合的な概説書を提供することを目的としている。
本書の大きな特色は、著者の撮影による建築写真を豊富に載せている点である。 建築の本を読んでいて、写真が添えられていないがゆえに、その記述が 何のことを言っているのかわからないことほど イライラさせられることはない。 建築が造形芸術である限り、言葉を百万遍つらねても説明できないことを、1枚の写真がはるかによく伝えるというのは よくある話である。 本書では、すべての記述に実証的な写真を添えて、論旨を鮮明にするのを原則とした。 建築史の書物ではないながら、このようなコンパクトな一書において、イスラーム建築の全般を平易に解説しつつ、その特質を明確に記述した書物は、私の知るかぎり、外国にもない。
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● 本書の構成
まず第 1章では、イスラーム建築の名作 21点を カラー写真と図面、解説によって、建築雑誌のように紹介する。 西はスペインから 東は中国にまで広がる広大な地域に、7世紀から 19世紀までの 1,200年にわたる膨大なイスラーム建築の中から、わずか 21点を選ぶというのも困難だったが、できるだけ地理的に偏らず、また さまざまな建築種別を一覧できるように選択をした。 これらを通覧することによって、イスラーム建築というのが おおよそどのような姿・形をしているものか、その共通性を感覚的に把握できることだろう。
そこで第 2章では、より詳しくイスラームの礼拝空間について解説し、モスクとはどのような要素から成り立っているのか、それぞれの要素には どんな意味があり、地理的、歴史的に どんな違いを生んだのかを知ってもらう。
第 3章では、これをもっと フィジカルに検討したい。 日本やヨーロッパのような温帯地域ではなく、多くが亜熱帯の、降雨量の少ない地域で発展した建築は、どのような材料で建てられ、どのような構造形式を編み出したのか。 そして、そこにはどのような装飾が ほどこされたのだろうか。
こうして 2つの章で見たモスク建築の原理と性格というものは、実は宗教建築に限らず、広くイスラーム建築全般に共通するものである。 宗教建築と世俗建築との間に ほとんど差異がないからこそ、イスラーム建築という呼称は、宗教建築としてのモスク以外に さまざまな種類の建築までを包含するのである。 では、イスラーム建築には どのような建築種別があるのだろうか。 それを第 4章で扱い、それらの集合形態や都市計画にいたるまでを たどっていくことにする。
最後の第 5章は、こうしたイスラーム建築が 全体としてどのような特質をもっているのか、究極の目的としたことは何であったのかを 総括して結論とする。 そして イスラーム建築が展開した各地の伝統と どのように関わったのかを補足し、現代建築とイスラームの関係をも展望したい。
以上の内容をたどることによって、イスラーム建築の基本的な原理と その多様な展開をとおして、イスラーム文化の特性を理解していただけるのではないかと思う。 世界の人々が平和に存続するために、「文明の衝突」 ではなく 「文明の共存」 のために、私たちはイスラームやインドの建築文化を学び、そこに日本や欧米との違いが存在するゆえにこそ、総体としての世界の建築文化がより豊かで 実り多いものになることを期待したいと思う。
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● 表記について
私がイスラーム建築の研究を始めた頃は、日本のイスラーム学者が結集して編纂した 『イスラム事典』(平凡社) が規準であったので、その表記を全面的に採用していた。 しかし その後 日本のイスラーム研究は急速に進展し、研究者の層が厚くなると、ずっと詳しい 『岩波イスラーム辞典』 が刊行され、本来の現地発音表記が 次第に学者やライターの標準となってきたので、私も本書から、基本的にこの辞典の表記を採ることとした。 イスラムがイスラームとなるのはともかく、メッカをマッカ、コーランをクルアーンと表記するのには、まだ抵抗感をもつ人が多いかもしれないが、いずれ将来は マスメディアもそれを採用することであろう。 ただし、モスクだけはマスジドとせずに 英語の発音のままであるのが、いささか不統一ではあるのだが。
蛇足ながら、本書では 「建築」 という言葉を英語の 「アーキテクチュア」 の意で用いていて、「ビルディング」 の意には 建築ではなく 「建物」 の語を用いていること、「コンストラクト」 の意では 「建設する」 を用いていることを お断りしておきたい。
【 あとがき 】 より
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イスラーム建築との私の付合いは、ほぼ 30年になる。 最初の出会いは インドにおいてであった。 そもそもは、当時の日本の建築界が (明治以来) 欧米にばかり顔を向けていて、日本が属するアジアの建築を まったく無視していることに反発し、建築家として独立する前の 3ヵ月間の海外建築視察旅行の行先に、欧米ではなく インドを選んだことにある。 そこには 学生時
代から習い覚えた建築とは まったく異なった世界があり、「欧米対日本」 という二元論を打ち破る建築文化の存在に興奮したものだった。 ところが そこに もうひとつの建築、イスラーム建築を見いだして困惑することになる。 仏教、ヒンドゥ教、ジャイナ教という、インドの土着の宗教の建築はまだわかりやすいものであったが、ひたすら幾何学的分割で成り立っているようなイスラーム建築というのは、私の慣れ親しんだ日本の建築からは最も遠く、一体 どのように理解したらよいのか戸惑ったのである。
その後、インド文明と比較するためにエジプトやトルコ、イランと旅すると、どこにおいても必ずイスラーム建築と出会い、しかも それぞれのスタイルが お互いにずいぶんと異なっているので 根本的な原理というのがわからず、相互の関連も なかなか呑み込めなかった。 しかし、その分布範囲は スペインからインドネシアまで、あまりにも広いので (しかも当時で言う 「第三世界」 の全体に広まっていて)、これはきちんと勉強しないことには、世界の建築を理解することはできないと感じ、ともかく読むべき本を探してみた。 ところが驚いたことには、イスラーム建築の概説書や歴史書というものが、日本では ほとんど出版されていないことが わかった。
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困ったものだと思っていたら、ある日丸善の洋書売り場に、スイスで出版されたイスラーム建築史の本を見いだした。 それはフランス語で書かれていたが、ちょうどロマネスク建築の研究のためにフランス語を学習していたところだったので、イスラーム建築とフランス語の両方の勉強になると、早速買って読み始めたところ、それがあまりにも 「面白くて為になる」 本だったので、何度も読むうちに、ついに翻訳して出版まですることになった。 アンリ・スチールランの 『イスラムの建築文化』 である。 日本語で読める最初のイスラーム建築史の本であったが、世の中はまだ イスラームへの関心の薄い時代であり、少部数の高額の本となってしまったので、ずいぶんと好事家の仕事と思われもした。
その翻訳の正確を期するために、各地のイスラーム建築を実際に確認しながらの撮影旅行も行ったので、翻訳の過程で イスラーム建築の原理と発展を十分に理解することができた。 その 2年後にはイスラーム庭園の本、ジョン・ブルックスの 『楽園のデザイン』 も翻訳して出版したのだが、その後は もっぱらインド建築にとりくんでいたので、インドのイスラーム建築以外は やや疎遠になっていた。
それが一段落して 、再び広大な領域のイスラーム建築に相対するようになり、今も調査旅行を続けている。 その間、日本では イスラームに対する関心が一変していて、というより 2001年 9月 11日以後、世界のイスラームに対する姿勢が変化して、イスラームを知らねばならない という石油ショック以降の知的関心とともに、それは少々怖いものである という通俗的な認識が広まってしまったのである。 また、イスラームを敵視するアメリカに追随して、日本はついにイラクへ海外派兵をしてしまい、それまでの非軍事的平和主義によって築いてきたイスラーム諸国からの信頼感を、少なからず損なってしまったのは、まことに残念なことであった。
そこで、紛争ではなく 平和の産物としてのイスラームの建築文化を紹介すべく、建築図書専門出版社でありながら 1冊もイスラーム建築の本を出してこなかった彰国社と図って、イスラーム建築の概説書を出版することにしたのである。 ここには、今まで撮りためてきた写真 2万枚の中から 約 500点を選んで挿入し、活字も小さめにして相当な情報量を盛り込んだ。 本書によって わが国におけるイスラーム文化に対する認識が大いに深まることを願っている。
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本書は イスラーム建築の概説書の形をとっているが、実は それ以上のイスラーム建築論を盛り込んである。 世界の建築を 「彫刻的建築」 と 「皮膜的建築」 と 「骨組的建築」 の 3つの類型に分類し、イスラーム建築は皮膜的建築 (あるいは 「囲繞的建築」) であるとする論である。 これは 長年にわたって世界の建築を調べ歩いてきた結果としての 私の持論であって、欧米の建築史家の受け売りではない。 本書のすべての記述は この論に即して展開してあるので、通読していただければ十分に理解していただけるはずであるが、しかし異論を唱えられる方もいることと思う。 できれば反論や批判をお寄せいただき、イスラーム建築の定義を さらに発展させていきたいと思う。
本書は イスラーム建築を多方面から全般的に扱っているが、しかし建築史の書物ではない。 先述の拙訳書 『イスラムの建築文化』 (1987年、原書房) が歴史を扱っているので、これを読み併せていただければ、イスラーム建築の理解は万全となることだろう。 だいぶ前に絶版になったままなので、近く翻訳に手をいれて新版を出す計画である。
また イスラーム庭園に関しては、やはり先述の拙訳書 『楽園のデザイン-イスラムの庭園文化』 (1989年、鹿島出版会) をお読みいただければ幸いである。 イスラーム庭園の原理と、ペルシア、スペイン、インドにおけるイスラーム庭園の展開を詳述しているので、イスラーム文化を理解するのに大いに資すると思う。
本書の写真は、基本的には私が 30年にわたって現地で撮影してきたものであるが、さまざまな制約から撮りきれなかった若干を 各方面から借用させていただいた。 図面転載とあわせて、巻末のリストに記した方々や出版社に感謝したい。
また本書には参考文献目録をつけなかった。 日本ではイスラーム建築の本が ほとんど出版されていないので、大部分が 一般読者の方には入手しにくい 洋書となるためである。 必要とされる方は、私のホームページ の中の 「インド建築・文献目録」 をご覧いただきたい。 「G.イスラーム教とその建築」 の項に、項目別、国別に 約 260冊の本を 28ページにわたって掲載している。
2006年12月10日 神谷武夫
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(お断り : ページ・サンプルは、DTPのプリント・アウトからスキャンしたので、
きれいにできていません。 実際の印刷ができた段階で、スキャンし直します。)
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