| 가미야 다케오의 프로필 |
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1965 東京芸術大学 入学 (美術学部・建築科 )
事務所 神谷武夫 建築研究所 〒114-0023 東京都北区滝野川 3-1-8-506 |
| 印度建築 撮った2万枚 |
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![]() タージ・マハルとも呼ばれる、印度・ムガル朝の王妃の廟。 タマネギ型の白いドームを載せたこの廟は、だれでも写真を見たことがあるだろう。印度建築はとかく、このペルシャ風の廟建築や仏教の石窟寺院だけで語られがちだ。 しかし日本の面積のおよそ 9倍、公用語が 16もあり、多数の宗教をかかえる印度には、もっと多様な建築文化がある。
21年前に初めて印度を訪ね、その多彩な建築群に圧倒された私は、以来、全土と印度文化圏のバングラデシュ、ネパール、パキスタンやスリランカの建築を写真に収めてきた。 通算 12回の旅で撮影したのは古代から現代まで 2,000以上の建物、枚数は 2万枚に及ぶ。 なにしろ広い国なので、全貌は無理としても、その豊かな表情の一部をここで紹介しよう。
初めて印度旅行をしたとき、何よりもジャイナ教の建築を訪ねてみたいと思った。 埴谷雄高氏の小説 『死霊』 にも登場するこの宗教には、たいへん興味をひかれていた。 しかし教徒の数は全人口のわずか 0.5%。はたして見るべき建物などあるのだろうかと思いながら、その聖地の多い西印度に向かった。
古代の印度には木造建築が多かった。 しかし樹木が減るにつれ、寺院は石造が主流となる。 南端のケーララ州と北部のヒマーチャル・プラデシュ州は、かろうじて木造の建築文化が残る珍しい地域だ。 特にヒマラヤ杉が密生するヒマーチャル・プラデシュ州の東部には、日本人にとって懐かしいような風景が広がる。
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標高 1,900メートルの山上にそびえるサラハンの ビーマカーリー寺院 は、日本の神社のような 「入母屋 (いりもや) 造り」 をした、18世紀から 19世紀の建造物である。
木と石を交互に積んだ壁は整然とした縞模様 (しまもよう) を描き、「反り」 のついた屋根を二列に並べたり、交差させたりした塔状の本殿が、深い緑の山を背にそびえている。 凛 (りん) として荘厳な姿はいつまで見ていても飽きない。 |
