「イスラーム建築」 出版の遅れ

神谷武夫

「イスラーム建築」

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2007 1/ 26, 1/ 30, 2/ 14, 3/ 1, 5/ 21, 8/ 10


前史 

 今から 18年前の 1991年に、建築書の専門出版社である 彰国社の編集部長、中山重捷氏が、『建設通信新聞』 に書いた私の原稿を読んで 事務所を訪れました。 その原稿というのは、日本の出版社は 欧米の建築に関する本ばかり出していないで、アジア建築の本を出していくべきだ、と主張したものです。 氏は それに共感し、私のインド建築の本を出版したい と言ってきたのです。
 そこで、まず 『ヒンドゥ教の建築』 を翻訳して出版することにしましたが、しばらくすると これはボツにされ、別の企画を立ててほしいと言うのです ( 『ヒンドゥ教の建築』 は、その 2年後に鹿島出版から出ました)。 そこで 『インド建築集成』 という本を書くことにして企画書を渡したところ、これは内容が豊富なので 1巻本でなく 2巻本にしてほしいとか言いながら、いつまでたっても上層部が決定しないとか言って、次第に音信が途絶えてしまいました (これは その 5年後に TOTO出版から 『インド建築案内』 として結実します)。
 これらが マフィアの圧力によることは明らかです。 彰国社のほうから 私のインド建築の本を出版したいと言っていくつも企画を立てさせておきながら、これらをストップさせてしまい、その間に 佐藤正彦著 『北インド建築入門』(1996) とか、小寺武久著 『古代インド建築史紀行』(1997) というインド建築関係の本 を企画して、出版してしまったのです (私の本を出さずに、他の人にインド建築の本を書かせて出版しろ という、マフィアの命令でしょう)。

 2000年になって、今度は編集部の尾関さんから、私のHPにある 『インドの木造建築』 を出版したいという申し入れがあり、相談しながら企画をたてました。 ところが しばらくすると、同僚は良い企画だと言ってくれたのに、またしても上層部にボツにされてしまった、という 尾関さんの報告です。
 この同じ年に、彰国社が企画したシリーズで、当時の京大助教授の布野修司氏が編集委員会の長となった 『ヴィジュアル版建築入門』 の第 1巻と第 2巻への原稿依頼があったので、10月に原稿を渡しましたが、一向に出版されません。 そこで 2004年の11月に事情を問い合わせたところ、部長の中山氏はすでに定年で退職していたので、担当編集者の中神氏と、新しく編集本部長になった三宅氏が来所しました。 三宅氏は、自分はしばらく編集を離れていたが、今度編集に戻ったので、自分の責任で至急出版する と言いながら、また その後も何度も、今度こそ本当に出版すると約束しながら、現在に至るも出版していません。 原稿を渡してから、もう 8年以上が たちました。
 この間に、三宅氏は それまでの経過を省みて、今度こそ本当に、私に本を書いて欲しいと言う。 テーマは いくつも検討したあげくに、今回はインド建築ではなく、イスラーム建築の概説書にしてほしい と言ってきたのが 2005年の 3月です。 そこで、その年を準備期間にあて、翌 2006年に 1年がかりで書きあげたのが、『イスラーム建築』 です。

 これは 1章ごとに原稿を書いては渡して 編集、デザインを進めてきたので、この年末に出版の予定でした。  ところが出版の直前になって、編集が ほとんど終っているにもかかわらず、彰国社は色校のゲラ刷りを出さず、原稿受領後 半年以内に出版する という出版契約書も無視して、以後 2年以上にわたって出版を拒否し続けています。 その理由は、本の奥付に 私のHPのアドレスを載せるのは認められない、という 実に奇怪なもので、こんなことが本当の理由であるはずはありませんが、マフィアの業界に逆らう奴の本は出版するな、というマフィアの圧力に後藤社長が屈してしまったために、現代世界で焦点になっている イスラーム の建築文化の ビジュアルな概説書が、日本の読者に届かなくなっているのです。     (2009/04/01



 
1/ 26 金 

 昨年 1年間にわたって書き下ろしてきた 『イスラーム建築』 は、本来、昨年中に出版されるはずでした。 しかし どんどん遅れるので、1ヵ月遅れの 1月末に出ると、年賀状 その他でアナウンスしました。 ところが、これも守られず、2月の発行になってしまいました。 しかも、こうしたことが続けば、へたをすると 3月になってしまう恐れもあります。 お待ちいただいてきた方々には お詫び申し上げます。
 しかしながら、私の怠惰によって遅れてきたわけではありません。 原稿は 昨年の 11月 12日に最終部分を書き上げ、11月13日に出版社に渡しています。
 この本は 全部で 5章から成りますが、出版契約のときに、「原稿の引渡し後 6ヶ月以内に出版」 というのは遅すぎるので、もっと短くしてほしいと要望したところ、彰国社のM氏 (三宅) は、原稿が出来上がった章ごとに レイアウト、デザインの作業を 次章の原稿執筆と並行して行っていくので、第 5章の原稿ができたときには 素早く出版することを約束する。 だから、すでに作ってしまった契約書は このままにしてほしい、 「私を信用してくれ」 と、強く言ったので、私は同意しました。 で、私は原稿を章の順序にしたがって書き、第 1章の原稿を 2月 23日、第 2章を 7月 3日、第 3章を 7月 29日、第 4章は前半を 8月 15日、後半を 10月 19日、最後の第 5章を 11月 13日に渡したのです。
 それまで 各章のレイアウト、デザインが並行して行われてきていましたので (実際には 後述の理由で各章ともひどく遅れていたにしても)、最終稿を渡した時に、私は 12月半ばの出版を希望しましたが、M氏は 12月末になると言いました。 問題はこのあと、各ページのレイアウトと全体のデザインが 遅々として進まなくなったことです。 その原因は、デザイナーのS氏 (鈴木) が、作業を はかばかしく進めない、というより、M氏との約束を次々と破って、成果品を渡してくれないと言うのです。嘘か本当か、私にはわかりませんが、打ち合わせの日にM氏が私の事務所に来るたびに、S氏に約束をすっぽかされた、会えなかった、デザインができていなかった、1週間先だと言われた、やっと半分だけもらってきた、などと言うのです。 そんなばかなはずはない、デザイン事務所とか設計事務所というのは、いつまでに何をやると約束したら、必ず実行するものだ、もしも どうしてもその日に間に合わなければ、徹夜してでも翌朝には届けるはずだ、と私が言っても、M氏は 「デザイナーが できないと言っているのだから、仕方がないでしょう」 と言うばかりです。
 こんなことが ずっと続くので、打ち合わせに デザイナーを連れてきてほしいと、何度も要望しました。 スケジュールの打ち合わせをしたいし、仕事が進まない理由を直接聞きたいし、装丁の打ち合わせもしたいからと。 そもそもこの仕事は、全部原稿が終わったらデザイナーにまわして 自由にデザインしてもらう というのではなく、常に著者と編集者とデザイナーが緊密に打ち合わせながら 仕事を進めたいと、最初の会合で要望し、承諾をえたはずです。 ところがデザイナーのS氏は、11月13日を最後に、一切打ち合わせに出なくなりました。 私がいくらM氏に要望しても、M氏は決してデザイナーを (S事務所の若い担当者でさえ) つれてきません。 私が直接デザイナーと会うと 困ることがあるらしいのです。 そして 作業はどんどん遅れ、校正しても 一向に直しが出てこないというわけで、年内の出版は無理となりました。
 ともかく 私がしつこく催促しなければ、M氏は仕事を進めず、S氏をつれてもこず、あいかわらずS氏と会えなかっただの、デザインができていなかっただのと言うばかりです。 それが全部事実とすれば、S氏というのは、まれに見る無責任で横暴なデザイナーということになるでしょう。 そんなブック・デザイナーが 本当に存在するでしょうか?
 私の度重なる苦情に対してM氏は、12月 20日に必ず校了するから、1月半ばに出す、私を信用しろ と言います (12月 5日)。 ところが 12月 12日には、早くもそれをくつがえして、色校が出るのは年明けになると言い出します。 出版は 1月末ということになりました。 12月 27日の、年内最後の打ち合わせにも、私が 1月末の出版ですね、と確認すると、そうだということでした。 2月というのは 8月と並んで本が売れない月と言われていますので、何としても 1月中に発行するほうがよいのです。
 ところが、翌日の仕事納めの日に、M氏がファックスで 「制作進行表」 を送ってきました)(下図)。 それによると、発行は半月も延ばした 2月 15日だというのです。 あきれましたが、出版社が これしかできないと言えば、こちらには抗う手がありません。 しかも、もう連絡ができない仕事納めの日にです。 で、年賀状には 1月末の出版と書いてしまったが、2月 15日になるな と観念せざるをえませんでした。

「彰国社による制作進行表」

 さて、年が明けて 1月 18日に、M氏のスケジュールによれば 装丁の色校が出てくるはずの日、何も連絡がないので こちらから電話をすると、何と 色校はまだできない、やっと昨日S氏からデザインの直しをもらってきたところだ と言うではありませんか。 表紙のデザインは 何度も何度も催促したあげくに、12月 20日になって やっと出てきたものに注文をつけて、その直しが年内に出てくるはずだったのが、S氏が約束を守らずに やらなかったというものです。 1日あればできるような簡単な直しに 何と 1ヵ月近くかかって、やっと 1月 17日に出たというのです。
 で、それを午後にもってきてもらうと、さらに驚いたことに、やっと直ってきたどころか、装丁関係はほとんど直っていないし、ほかも ろくに進んでいなかったというのです。 もうデザイナーまかせにはできないと、M氏とふたりで未定部分を全部決めて、すぐに この通りにやってもらって、打ち合わせにはS氏もつれてきてほしい と要望しました。 M氏は、今度こそ腹をくくって連れてくる、と言いながら、翌日の 19日の夜おそく、やはりS氏をつれてこずに、直しのデザインを持ってきました。 ところが決めたとおりに直っていないので、もう一度 直しということになりました。
 こういう調子で、M氏が自分でつくったスケジュールさえも守らず、すべてデザイナーのせいにして、出版を先送りにします。 その装丁の直しも一向に来ないので、24日にこちらから電話をすると、その後 何もやってなかった と言うではありませんか。 我慢にも限度というものがあります。 こうしたプロセスを全部ホームページに載せる と宣言しました。 で、M氏はその夜、やっと装丁をデザイナーに直させて、持ってきました。
 M氏のスケジュールでは、本文全部の色校は 19日に出てくるはずだったのが、未だに来ないのはなぜかと問いますと、何と、この日 (24日) に印刷所にデータ入稿したので、色校は来週にならなければ出ない と言うではありませんか。何の理由もなく、1週間半も作業を遅延させてしまったのです。 あいた口がふさがらないとは、このことです。
 M氏 (三宅) は、本来は真面目な編集者なのでしょう。 マフィアの圧力があるにもかかわらず、この本を出版しようと決めたのは 勇気ある行動だったに違いありません。 しかし、その姿勢を貫き通すことができずに、次第にマフィアの言いなりになっていったようです。 M氏は、平の編集員ではありません。 編集本部長です。 彰国社のすべての書籍編集を統括する役割の人です。 そんな立場の人が 1冊の本の編集実務を自分でやるというのは、変な話でしょう。 若い編集担当者をつけてほしいと 何度も要望しましたが、決して編集員はつけずに、全部M氏がやってきました。 おそらく、外部の圧力に対応しなければならないところを 編集部員には見せられないのでしょう。 しかし、そのかわりに、私にたいしては嘘をつき続けねばならず、この1年間、口論の連続となってしまいました。 (M氏は 今年の 1月から営業本部長となり、T氏 (富重) が編集本部長となるが、この本の件についてはノータッチの姿勢))

 ところで、まだほかにも問題があります。 奥付に載せる 著者略歴の欄に、私のホームページのアドレスと現住所を書いておいたのを、M氏は削除してしまったのです。 ゲラ刷りを見てそれに気がつき、きちんと載せるようにと言ったのですが、M氏は 「社長(後藤)命令」 だとして、かたくなに拒み続けています。 それが彰国社の決まりだと言うのです。
 インターネットが普及したのは、ここ 10年のことで、それ以前からインターネットに関する決まりを伝統的に持っている出版社などないでしょう。 そして、今では新聞社をはじめとする ジャーナリズムでも出版社でも、インターネットとの連携を重要視しています。 ホームページを持っている組織や個人なら、そのアドレスを添えて読者や関係者の利用に供するというのが常識です。 それを、なぜ彰国社は拒否するのでしょうか?
 また、私は 読者が直接私に 本についての意見や感想を書いてきてくれるのを、大いに歓迎しています。 質問にも 答えています。 しかし、著者に質問をしたい読者も、出版社に問い合わせたのでは 本当に著者に取り次いでもらえるかどうか わからないので ためらうことが多く、著者の現住所が書いてあれば、直接手紙を出せるので 好都合のはずです。 にもかかわらず、彰国社は著者と読者が直接コンタクトをとることを 禁止しているというのです。
 M氏から興味深い話を聞きました。 以前、彰国社が 『家を建てる』 という本を出したとき、著者の求めに応じて、編集担当者が 著者の現住所を載せたところ、現社長(後藤) がそれに気づき、印刷済みの本を廃棄処分にして、著者の現住所を削除し、全部刷り直したというのです。 これが本当のことだとすれば、日本の出版史上に残る椿事と言えるのではないでしょうか。 非常に興味深い話なので、一度 その著者に事情を直接聞いてみたい と言ったのですが、M氏は、それはできないと言って、著者の名前を教えてくれませんでした。 (おそらく、現住所を消すために刷り直したという話は 嘘でしょう。)
 3年前に、このHPのお知らせ欄に 書きましたが 、このHPはマフィアから攻撃されています。 このHPが多くの人に読まれるのを阻止しようとして、あらゆる手を使っています。 今でもウィルス・メールが送りつけられていますが、幸い、まだウィルスに感染したことはありません。 しかし、もっと悪質なことには、検索エンジンからこのサイトが検索できなくなるよう、検索の順位を低くしたり、果ては まったく検索できないように、このサイトの表示を削除したりします。 現在も、グーグル検索では、「インド」 のキーワードをいれても、このサイトは検索できなくなっています (通常は 10位前後に出ます)。 昨年の 11月にも 約 1ヵ月間、そういうことが続きましたので、それが回復したときに グーグルのそのページを記録にとっておきました。 ここをクリックすると、12月 3日の時点で 「インド」 をキーワードにした時に 11位であったことがわかるでしょう。 それが今は、 またしても削除されてしまったわけです。
 グーグルのほかに、ヤフーや MSNでもそういうことが起り、長い時では 1年間近くも削除されていたことがあります。 それがどのような方法によるのかは、わかりません。 外部から侵入して操作できるのだとすれば、検索エンジンというのは、かなり無防備だということになります。 内部の人間が買収されて、そういう操作をしているのだとすれば、インターネット上の言論操作、あるいは言論弾圧もたやすい、ということになるでしょう。
 いずれにせよ マフィアは、私のHPのアドレスを できるだけ印刷させまいとしています。 著者と読者が直接コンタクトをしないように求めるのも、私への原稿依頼や講演依頼を妨げるためです。 出版社を通してしかコンタクトできなくしておけば、それをいちいち報告させて、すばやく依頼側に圧力をかけることができるでしょうから。
 こういう話を初めて聞く人は、信じがたく思うかもしれませんが、私のところの電話は すべてマフィアによって盗聴されていますし、メールも覗かれています。 電話やメールで原稿依頼や講演依頼があった場合も、必ず圧力が かかりますので、話がこわれたり、縮小されたりします。 圧力をかけやすい小組織ばかりでなく、大出版社や大新聞社、放送局の場合にも起ります。



 
1/ 30 火 

 色校が 30日に出てくるという話だったのに 連絡がないので、こちらからM氏 (三宅) に電話をしました。 するとM氏は、「色校を出さない」 と言います。 なぜなら、ホームページのアドレスを載せないことに、私が同意しないからだ と言うのです。 著者のHPアドレスや現住所を載せないのは、会社の 「決まり」 だと言います。 「決ま」り だと言うなら、そういう内規の文章があるのでしょうと問うと、それは 「無い」 と言います。 明文化されていないけれども、それが彰国社の 「決まり」 だと言うのです。 著者のHPアドレスや住所を書くことが、一体 どんな不利益をもたらすのかと問うても、M氏には答えられません。 では、それが社長命令であるのなら、社長と直接会って話をしましょうと言うと、相談してみると言う。
 しばらくして、再びM氏から電話がありましたが、社長 (後藤) は 話し合いには応じない ということです。 で、論理的な説明もできないまま HPアドレスや住所を載せさせない というのが、いかに おかしな話であるか ということを縷々説明しましたが、M氏は理論的に反論できません。 しかし、社長命令である以上、簡単には引き下がれないというわけです。
 そこで、第三者を交えてM氏と話をし、HPアドレスと住所を載せることの是非を判断してもらっては どうか と提案しましたが、これも、「いやだ」 と言います。
 M氏のもう一つの不満は、私が このプロセスをホームページに書き始めたことにあります。 しかしそれは、M氏 (あるいは、デザイナーのS氏) が約束を破っては 際限もなく出版を遅らせるので、「こういうことを続けるのなら、全部HPに書きますよ、いいですね。」 と 12月 24日に言い、実際 そういうことが続くので、それを実行したまでです。 それに、1月末に本が出版される とアナウンスしてしまったので、それより だいぶ遅れるということを 皆さんに知らせる義務が 私にはあります。
  M氏は、私が 「一方的に」 書いている と言うので、「何でも反論してほしい、すべてM氏の書いた原文どおりに このページに載せます」 と言ったのですが、今のところ反論を書く気はない、ということです。 それでも、「ともかく 色校は出さない」 と言います。 M氏に、「そんなことをしていると、彰国社の評判を落とすばかりですよ」 と言っても、ただただ こうやって、ますます出版を遅らせていく つもりのようです。



 
2/ 14 木 

 彰国社は、いまだに ゲラ刷り(色校) を出さず、出版を拒み続けています。
 日本の主要出版社 (480社) を会員とする社団法人、 「日本書籍出版協会」(書協) という団体があり、出版に関わる あらゆる問題を扱うとともに、「言論・出版の自由、知的財産権の保護」 に努めています。 彰国社もその会員であり、現在は彰国社の社長が 監事の一人と なってもいます。 そこで、今月はじめに 書協の調査部へ 次のようなメールを送って相談をしました。

「日本書籍出版協会、調査部御中
私は、書協会員の彰国社から、「イスラーム建築」 という本を出版しようとしています。 もう最後の段階ですが、以前より、彰国社は 仕事を遅延させています。
奥付の 「著者略歴」 に、私のホームページ・アドレスと現住所を書いたところ、ゲラ刷りでそれらを削除されてしまいました。 きちんと載せるようにと要望したところ、彰国社は、著者と読者が 直接コンタクトをとることは禁じている、すべて出版社を通すのでなければ不可である、それだから、HPアドレスと現住所は載せない、と言いはります。
  そのことに私が同意しない以上、本文の色校は提出しない、と言って 編集作業を中断し、さらに出版を遅らせ続けています。 こういうことが、良識ある出版社として許されるのでしょうか? 詳しいことは、私のHPの、次のページに書いてあります。 これを読んでいただいて、書協のご意見をお聞かせください。
http://www.ne.jp/asahi/arc/ind/information/shokoku.htm 
以上、よろしくお願いいたします。」

 調査部と電話でも話したところ、出版社が 著者のHPアドレスや現住所を載せさせないとか、それを理由に ゲラ刷りを出さない などということは 考えられないし、ありえない、と 担当者は言っています。 しかし彰国社は、書協の調停にも なかなか応じていないようです。 本の出版は、どんどん遅れていきます。



 
3/ 1 木 

 彰国社は、いまだに ゲラ刷り(色校) を出さず、出版を拒み続けています。
 グーグル と ヤフーでは、キーワードに 「イスラーム建築」 と入れると、トップに 本の紹介ページ が出ていましたが、半月ほど前から削除されて、検索できなくなっています。 外部から侵入されて、勝手に操作されてしまうほどに、検索エンジンの防御体制は 脆弱なようです。 ( こう書くと、また 下のほうに復活するかもしれませんが。) 災害や有事の際に、検索エンジンが悪者に操作されてしまうと、大変なことになるでしょう。 日本の危機管理を憂える次第です。



 
5/ 21 月 

 「イスラーム建築」 の本はまだ出版されていません。 彰国社に最終原稿を渡したのは昨年の 11月13日ですから、彰国社との出版契約書にある 「原稿の引渡し後 6ヶ月以内に出版」 という期限を過ぎました。 しかし出版社は契約も履行せずに本を出版せず、私のところから持っていったままになっている 本やスライドも返却しません。 どうぞ、出版社に抗議の電話やFAX、メールを出してください。 そして、このことを 広く友人の方々にお知らせください。 ホームページや ブログを お持ちの方は、このことをお書きください。
 イスラーム報道は 毎日のように新聞やTVでなされていますが、その大部分はテロ関連のものであり、出版も 宗教や経済、政治分析に偏っており、文化の紹介が きわめて限られています。 そのために 日本人のイスラーム認識は、テロを行い、大仏を破壊し、女性を抑圧する、野蛮な宗教とその人々、とでもいった 偏見に満ちたものとなっています。 しかしイランやトルコ、エジプトなど 中東を旅してみればわかるように、イスラーム諸国の人々の生活は 何ら暴力的なものではなく、我々のものと同じように 平和で文化的なものです。 それだからこそ、彼らは 誰もが日本を好きだと言います。 我々のイスラーム理解も、文化を通じてなされねばなりません。 イスラームでは偶像崇拝が厳しく禁じられてきたがために、絵画や演劇や音楽は十分な発達を遂げたとは言えませんので、イスラーム文化を代表するものは 建築と庭園と書道になります。 「イスラーム建築」 は、日本人のイスラーム理解のために、ぜひとも出版されなければ ならないのです。
 ただ、この出版を妨げているのは、マフィアの圧力です。 私が原稿を書いた 『建築史家たちのアジア発見』 (「ジェイムズ・ファーガソンとインド建築」) や、『ヴィジュアルア版 建築入門』 (第 1巻における 「エローラーのカイラーサ寺院」 と、第 2巻における 「ヒンドゥ建築」) が、原稿を渡してから 6年以上たつのに (しかも、何度 催促しても) 出版されないのも、同様です。
 このサイトを定期的に見ていただいている方は、建築界とは そんなに恐ろしい世界なのかと思うかもしれません。 実は そうなのです。 言論の自由が封殺される 恐ろしい世界です。
 建築というのは、本来 ほんとうに素晴らしい仕事のはずです。 このサイトは、インドや第三世界の建築を通じて、そのことを書いてきました。 ところが、日本の建築界は あまりにも腐敗堕落していて、建築の仕事を 汚しきっています。 何よりもいけないことは、マフィアに支配されていることです。 その支配力に逆らうものは 建築界から抹殺されます。 そのブラック・リストに載った建築家の作品や論文は 建築雑誌に掲載されませんし、設計活動も 研究活動も妨害されます。 まるで戦前の翼賛体制のように、出版社も、編集者も、評論家も、大学教授も、マフィアが恐ろしくて手出しできず、むしろそれに協力しています。 マフィアに逆らった雑誌は、つぶされてしまいます。 マフィアに抵抗して (レジスタンス)、建築界から去っていった編集者を、私は知っています。 「進歩的」 と見なされた人たちさえ、マフィアを恐れて 口をつぐんでいます。 東大の教員までが マフィアの手先となる始末です。 戦争中に大政翼賛会の旗を振った東大は、戦後その反省をしたはずでは なかったのでしょうか。



 
8/ 10 土 

 『イスラーム建築 』 の本は 相変わらず 出版されていません。 彰国社は、[出版の自由」 という理念をないがしろにして、出版契約さえも守らずに、平然と出版拒否をしています。 どうぞ、出版社 に抗議の電話、FAX、メールをお送りください。 また 人々、特に出版人やジャーナリストに この事実を お知らせください。 ホームページや ブログを お持ちの方は、このことをお書きください。
 イスラームの報道は、相変わらず自爆テロや タリバンによる韓国人人質などの話題ばかりで、わが国における イスラームのイメージは低下しています。 その建築文化を紹介して イスラームのイメージアップに資する本が 不当にも出版されないことに対して、日本のイスラーム教徒の人々や イスラーム関係者は、もっと怒っても よいのではないでしょうか。

 それにしても、彰国社というのは 大手出版社とちがって 官僚的な大組織ではなく、ひとりひとりのスタッフの顔が見える 小規模な専門出版社です。 そこには 「出版の志」 というものがあり、編集者は プライドをもって仕事をしている筈でしょう。 ところが、会社が著者に 本の執筆を依頼し、2年間かかって ほとんど校了にまでもっていきながら、 最終段階になって社長 (後藤) の命令によって、出版契約も無視して出版を拒否する というようなことを しているのに、社員の編集者たちは 平然としていられるのでしょうか?
 『イスラーム建築』 の担当者であったM氏(三宅) はもちろん、依頼した原稿を受け取ったあと、嘘をつき続けて 7年近くも出版せずにいる 『ヴィジュアルア版 建築入門』 (第 1巻の 「エローラーのカイラーサ寺院」 と、第 2巻の 「ヒンドゥ建築」) の担当者であった N氏 (中神) や Oさん (尾関) も、良心の痛みを感じないのでしょうか? M氏の後任になった編集本部長 (富重) も、こうしたことに 知らぬ顔の半兵衛を決め込んで いられるのでしょうか?
 私は会社勤めというのを あまり経験していないので、会社員が自分の意に反して会社命令に服従するという心情を、十分には わかりません (それが いやだからこそ、収入が少なくとも、フリーな独立の道を歩んできたわけですから)。 新聞やTVでは しばしば、社会倫理に反した活動をした企業や官庁の事件が 報道されます。 そうした時に いつも思うのは、たとえトップの人間がそういう決定をしたとしても、社員たちは どうしてそれに唯々諾々として従ってきたのだろか (時には犯罪行為でさえ)、と 不思議に思います。 保身のためには 上司の意向に異議申し立てをすることなど、絶対に できないものなのだろうかと。
 それが 大きな組織になるほど むずかしいであろうことは想像できますが、人間的連帯の上になりたっているような小組織、それも文化的な事業をしているような会社では、スタッフのもつ価値観や倫理観が 事業に反映されるのではないかと思うのですが、それは 私のような自由業の人間の抱く 幻想にすぎないのでしょうか? 企業も官庁も、所詮は軍隊のようなものなのでしょうか?
 そしてまた、自分の良心や倫理を裏切って行動する、そうした会社の幹部や役人や、また担当者たちは、自分の子供をどのように教育しているのだろうかと、いつも 不思議に思います。
 もう一つ 不思議に思っていることは、『ヴィジュアル版 建築入門』 や 『建築史家たちのアジア発見』 の共著者たちは、原稿を渡してから 6年も 7年も、契約に反して本が出版されなくとも 平気なのでしょうか? 出版社や編者に 抗議をしないのでしょうか? 自分が書いた原稿は たいしたものではないので、出版されなくとも構わない とでも考えているのでしょうか。 日本の学問や出版の世界には、あまりにも 契約の精神が欠けていると、常々私は感じています。

 検索エンジンでは、グーグルの キーワードに 「イスラーム建築」 といれても 私の本のページは、春から検索されないままです。 またヤフーでは、キーワードに 「インド」 といれても 「建築」 といれても、私のHPが検索されないように されてしまいました。 このHPが人々に見られることを、マフィアは よほど恐れているようです。


● 出版社に直接 質問、抗議を なさりたい方は、 彰国社のホームページ に、電話、FAX番号が あります。

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「イスラーム建築」

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