| 末端肥大症 |
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建築における 「末端肥大症」 とは何か。 それは全体よりも部分のデザインに莫大なエネルギーをかけることであり、機能的に主たる空間の造形よりも末端部の空間や形態を際立たせてしまうデザインであり、中央に部分を従属させるよりも、部分部分にそれぞれ独立した小世界を与えてしまうようなあり方である。
ピュロンがそびえるホルス神殿、エドフ
たとえば、古代エジプトの神殿建築を見ると、そこでは矩形の境内全体が要塞のような背の高い塀で囲まれ、塀の内側に何があるのか外からはまったくうかがい知れないが、矩形の塀の短辺側には堂々たるピュロン (パイロン) が高く聳え立っている。 「ピュロン」 とは塔門であり、境内への入り口をはさむ 2棟の建物を上部でつなぎ合わせ、扉をつけて門型にした石造の高層建築である。
これが 「末端肥大症」 である。 門というのは機能的には構内への単なる入り口であり、戸締りができさえすればよいのだから、何も主目的空間をしのぐほどに雄大につくる必要はさらさらない。 と、そう考えるのは近代の合理精神である。
アルナーチャレーシュワラ寺院のゴプラ群
しかし、そうしたメンタリティーをもつ建築は古代エジプトのほかにもあった。 それは南インドのドラヴィダ様式と呼ばれる、近世のヒンドゥ寺院群である。
ティルヴァンナーマライの町では 16世紀から 17世紀にわたって増築が続けられたアルナーチャレーシュワラ寺院のゴプラ群が、まるで超高層ビル群のように低層の町並みを睥睨して聳え立っている。 本堂はいちばん内側の境内にごく小さく建っているに過ぎないから、周囲からはその存在がほとんどわからない。 これら 10基の壮大な超高層建築がすべて、単に一寺院の門であるにすぎないというのは、現代の建築家にとっては考えることもむずかしい。
ミーナクシー・スンダレーシュワラ寺院の北ゴプラ
近世のドラヴィダ寺院を代表するマドゥライのミーナークシー・スンダレーシュワラ寺院 (主に 17世紀) には 12基のゴプラが林立しているが、北面の大ゴプラは10層からなり、高さは45mほどになる。 上層ほどにセットバックしてゴプラ全体のシルエットはゆるやかなカーブを描きながら、ゴチック建築のように天へと伸び上がる。通り抜け通路のある階高の高い1階のみが石造で、上部の 9層はレンガ造の上にプラスター仕上げであるが、定形どおりにプランは長方形をしていて、頂部にはカマボコ型のヴォールト屋根の棟を戴いている。
インドの寺院建築といえば、その壁面に神々や動物や男女の彫像が密集することで知られるが、ゴプラの細部を見ると、実はもっとずっと建築的につくられていることがわかる。 その第 2層目、中央部よりもやや左側を見てみよう。
北ゴプラの第 2層目の寺院形ユニット (シャーラー)
寺院形ユニットの分解図 (積層するシャーラー)
女神が本尊として彫刻されたこの完璧な、これ自体で完結している形の寺院ユニット (分解図の1)をよく見ると、その中心軸上に小型の寺院形 (シャーラー) が 3つ積み重ねられているのがわかる (分解図の 2〜4)。 それぞれが 2階建ての完結した自立型の寺院であるが、これら小型の寺院形内とその周囲にはさらに多くのミニ寺院群が彫刻されている (分解図の 5〜14)。
この寺院ユニットのプロポーションはさまざまに変化するものの、各層に 30ユニットほど並んでいるから、入れ子構造になっている寺院形は 1層で約 400にもなるだろう。 それが 10層に重なっているとなれば、1基のゴプラに 3,000から 4,000もの寺院を内蔵していることになる。 ミーナークシー・スンダレーシュワラ寺院のゴプラの数は大小 12基を数えるから、寺院全体ではおよそ 3万の寺院形が入れ子構造になって、いたるところに埋め込まれているのである。
マリカールジュナ寺院のヴィマーナ、クルヴァッティ
それを知るために、インド建築における、もうひとつの末端肥大のあり方を見てみよう。 やはり南インドであるが、門よりも本堂のほうが立派につくられていた時代、中世のカルナータカ地方のヒンドゥ寺院である。
![]() マリカールジュナ寺院の平面図 ( from "Encyclopaedia of Indian Temple Architecture" by M.A. Dhaky, American Institute of Indian Studies, 1996 ) プランは本尊を祀る聖室 (ガルバグリハ) の手前に前室 (アンタラーラ) を介して拝堂 (マンダパ) があり、その三方に入り口がある。 正方形の マンダパの内部 には定形どおり 4本の柱が立って天井の梁を支える。 緑泥石の柱はろくろを使って製作したと思われる円盤の積層のような形をとるが、何よりも興味深いのはその華麗な柱脚部分である。
マリカールジュナ寺院における柱の脚部
これはおそらく、世界で最も豊かに装飾された柱脚であろう。 柱身の円形断面に対して正方形断面をした柱脚は、まず幾何学的に立体感をつけられた台座の上の四隅に、数条の溝彫りのある角柱が立ち上がり、角柱の三段重ねになった柱頭の上にはそれぞれ 2階建てのミニ寺院を戴いている。
インドにおける柱 (スタンバ) というのは、大地と天界を結ぶ垂直軸のシンボルなのであって、これら 4本の柱は四方 (世界) に寺院 (神の家) を開くことによってその柱の中心がそれぞれに自立した宇宙軸をなしている。 ( 日本建築学会 「建築雑誌」 2000年9月号 ) 本堂を小規模なままにしておき、何重にも矩形の塀で囲って入り口の門のみを壮大につくるという伽藍構成は、古代エジプトと近世の南インドにしか見られない。 これら遠く離れた二つの地にどのような関係があったのだろうか。 地球物理学によれば現在のインド亜大陸は太古の時代にはアフリカ大陸と一体化していたというから、何億年も前の遥か遠い祖先の記憶が、こうした共通の建築形式としてよみがえったのだろうか。 |