リュキア建築紀行 参考文献

神谷武夫


 インドのチャイティヤ窟と リュキアの石窟墓の関連について書いた インド建築史の本は 無い。

 ジェイムズ・ファーガスンは インド建築史の専門家であったと思われがちだが、彼がめざしたのはグローバルな建築史であったから、その主著 "A History of Architecture in All Countries" 『世界建築史』(1865) は、当然ながら リュキア建築も扱っている。実はその部分は、その本の前身である "The Illustrated Handbook of Architecture"『図説世界建築ハンドブック』(1855) の記述を そのまま転用したものであり、さらにその前身は "An Historical Inquiry into the True Principles"『芸術、とりわけ建築美に関する正しい原理への歴史的探究』(1849)であったから、リュキア建築が知られ始めてから 時をへずに書かれたものである。そこには チャールズ・フェローズの "An Account of Discoveries in Lycia" (1841) や テクシエ、フォーブズの本からの図版の転載があり、また彼は大英博物館のリュキア展示室における「パーヤヴァ石棺」その他の展示品も見ていた。
 そうした見聞をもとに、『図説世界建築ハンドブック』の リュキア建築の項では、インドの古代の仏教寺院の形と構造が リュキアの作例ときわめてよく似ている、と書いている。

 ところが、彼が『世界建築史』からインドと東方部分を独立させて "History of Indian and Eastern Architecture"『インドと東方の建築史』(1876) を書いたときには、仏教窟の章において リュキア建築のことに何も触れなかった。次いで ジェイムズ・バージェスとの共著で インドの石窟寺院を総合的に論じた "The Cave Temples of India"『インドの石窟寺院』(1880) においては、マハーバリプラムのビーマ・ラタの上層部の形態に関する「注」として リュキアの石窟について記しているが、やはりインドに影響をおよぼしたとは考えなかった。
 インド建築史を体系化して 圧倒的な影響を及ぼしたファーガスンの著作が そうであったからか、以後のインド建築史家たちは 誰もリュキアとインドの関係を追求しなかったようである。インドの美術や建築の研究者は 必ず一度はファーガスンの本を手にするが、しかしそれは『インドと東方の建築史』であって『世界建築史』ではないから、リュキア建築については知ることがない。『インドの石窟寺院』を手にしても、マハーバリプラムの「注」と1枚の図版では、リュキアとの影響関係には 思い至らないであろう。
 後に広く普及したフレッチャーの『世界建築史』に至っては、リュキアの石棺や石窟墓について 何の記述もないのである。

 私がリュキア建築に出会った直接のきっかけは、実はファーガスンではなく、19世紀フランスの建築家であり ゴチック建築の理論家にして修復建築家でもあった ヴィオレ・ル・デュクが、大英博物館のパーヤヴァ石棺を描いた一枚の絵であった。昔、フランスのロマネスク建築を見てまわっていたときに買った、ヴィオレ・ル・デュクの "Entretiens sur l'Architecture" (1863) という本の復刻版で、後にその前半部分が『建築講話』という訳書になったが、その巻末図版集の最初に この絵が載っていた。昔 何度も見たときには何も気がつかなかったのに、インドのチャイティヤ窟の形態の謎に悩まされていたときに、ふとこの本を手にしてその図版を再見するや、我が目を疑ったのである。これは 仏教チャイティヤ窟ではないか、と。


ヴィオレ・ル・デュクによる、リュキアの パーヤヴァ石棺

 それがリュキアの石棺であると気づいてから、リュキア建築とインド建築との関係を調べ始めたのであったが、あらためてファーガスンの本をひもといてみると、前述のように『世界建築史』の中には リュキア建築についての記述がある。では、なぜファーガスンはそこに 影響関係を見なかったのだろうか。彼はガンダーラ美術を、紀元前のギリシアよりも紀元後のローマ時代の美術の影響と見ていたから、前4世紀のリュキア建築が インド建築に影響を及ぼしたとは 考えられなかったのかもしれない。また彼自身はリュキアに行ったことがなかったので、詳細に検討することも できなかったのであろう。

 その後 インドとリュキアの関係を書いた書物を見落としていないかを調べて、ただ1冊だけ、建築史の本ではないが、ジスベール・コンバの著書の中に 記述があるのを見つけた。それは インドと古代中東の造形的関連性を網羅的にリストアップして 手書きスケッチ で示しながら論じた "L'Inde et l'Orient Classique"『インドと古代オリエント』(1937) という本だが、その中で リュキアを含むアナトリアの石窟や石棺と インドの石窟との間に影響関係があるかもしれない と示唆している。この他に、インドとリュキアの関係を論じた書物をご存知の方がいらしたら、ぜひご教示願いたい。



Asi Minor
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