Introduction_ (November, 1998)
TRAVEL to the HIMALAYAS ’98
TAKEO KAMIYA

Hindu temple on the foot of high mountains, Sangla

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DELHI

今回は, Himachal Pradesh だけの 2weeks の旅だったので, 初めも終わりも Delhi に泊まりました.  "インド建築案内" の 20ページ, 旅の情報 [ 北インド編 ] で, Delhi の小規模な hotel を紹介しておきましたが、今回泊まってみたら内容は変わらないのに, 料金ばかりとても高くなっていました. これでは高すぎるので, 今ではあまりお勧めできません.
とはいえ, Delhi の物価の上昇は著しく, hotels and restaurants は, 数年前に比べると驚くほど高くなっています. おまけに大気汚染がすすんで, 空は smog に覆われていました. 若い人には早めに地方に行くことをお勧めします.
Delhi から Kullu in Himachal Pradesh へは, 18人乗りのプロペラ機で飛ぶ予定をしていました. かつては国営の Vayudoot Air が運行していましたが, 経済自由化以後 Vayudoot Air はなくなり, 各地に私営の航空会社が, 小型飛行機を飛ばすようになりました.
Kullu へは, Jagson Airlines が毎朝往復しているので, Delhi へ着いた翌朝, Connaut Place の近くの office で航空券を買い, 翌日の便を予約しました. ところが pilot がいなくなってしまったとかで, その日の便が cansel されてしまい, やむなく bus で Chandigarh まで行き, すぐに taxi を雇って Kullu まで行きました. 途中, Mandi の町の old Raj Mahal Hotel で夕食をとり, Kullu の Hotel Sarvari に着いたのは, 夜の 11 o'clock でした.


KULLU VALLEY

Beas river に沿った Kullu valley は, northen Manali まで Beutifull landscape が続き, 道路も整備されています. Kashmir district が紛争のために, 観光客や避暑客が激減してしまい, それが Kullu valley へ流れてきているので, 特に Manali の町は近年大発展をし, hotel の数もおびただしく増えています.
しかし Kullu の町は今ものどかなたたずまいで, この近辺の木造寺院を訪ねるには, 最良の基地となります. Maidan (公園広場) に面して office of the taxi union があり, ここで素早く協定料金の taxi をやとえます. 

今回の目玉のひとつは, 海抜 2,700m の Lake Parashal のほとりに建つ, Parashal Rishi Temple で, 前回は豪雨のために途中の道が不通になって行けず, 涙をのんだ所です. 今回は晴天のもと, 車で 4houres 近くかかって, 行き着くことができました.
素晴らしい眺めの山頂の窪地に, 予想よりもずっと大きな three storied pagoda of wood の寺院が, small lake に面してそびえ, 壁面や柱には, primitive な彫刻がくまなく施されています. 創建は 14th century と伝えられ, Dyal の三重の塔や Khokhn の四重の塔よりも, ずっと行くのが大変ですが, その価値は十分にあります.

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Parashar Rishi temple by the side of Parashal lake

FIVE STORIED WOODEN PAGODA

Kullu の古名は Kulanthapitha といい, それは "the end of the habitable world" という意味です. それを題名とする紀行を書いた, Penelope Chetwode という Europe の女性研究者は、今よりももっと交通不便だった時代に, Kullu valley の貴重な photographs を撮り残しています.
その中に five storied wooden tower の写真があり, それは Shainshal という地名になっていましたが, その所在がなかなかわからず, 行くことができませんでした. それが今回やっと Sainj の先の Nyuri という村の近くであることがわかり, 喜び勇んで車で訪ねました.

村人に Chetwode の写真を見せて, 場所をたずねると, あそこだと山の上を指差されました. 眼をこらすと、何と村から 600m ほどの高さにそびえる山の頂上はるかに、小さく five storied tower が見えるではありませんか。
そこへ行くには崖の道と坂の道の 2本があり、崖の道では 2km, 坂の道では 5km あり、村人でも 2hours かかるのであんたは 3時間かかるだろうと言われました. それでは寺院に着く前に日が暮れてしまうと, ついに泣く泣くあきらめて Kullu に戻りました.


Five storied Pagoda, Shainshal

YOGINI TEMPLE AT CHAINI

Simla から Recongpeo に至る Satlej valley には, この "Wooden Architecture in India" in this web site で紹介した, Square Tower style temples が多く建っています. その原形は, Manali の北の Rohtang Pass (allutitude 4,000m) の先にある, Gondla Fort ではないかと考えましたが, 両者はいささか距離が離れすぎていました.

寺院塔の最たるものは Yogini temple in Chini で, かつて O.C. Handa が旅をして, その sketch を残しています. それがあまりにも極端な proportion であり, しかもどんな本にも写真が載せられていません. そして Kinnaur district near China の古都、Chini (current Kalpa) に行っても, そんな寺院は誰も知らないので、これはすでに失われてしまったか, あるいは sketch of Handa が誇張に満ちていたのか, どちらかに違いないと思っていました.
ところが今回の旅で, その寺院が Kinnaur district ではなく, まったく別の地方の, Chaini という村に現存しているのを, 発見しました. それは sketch of Handa のとおりに建っていて, 全体の高さは 30m から 35m にもなります.
Handa が Chaini をどのように表記したのかわかりませんが, 後の研究者はこれを東部の Chini と混同し, 現物を見ることなく, Temple at Chini in Kinnaur district として, sketch of Handa を紹介したのでした.

village of Chaini は, Gondla と Satlej valley を結ぶ中間点にありますので, 角塔型の城塞と寺院塔との missing link は, これで埋められることになりました. しかしそれが, 遠くグルジアの塔状住居とつながるのかどうかは, これから調べるべき課題です.

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Yogini temple at Chaini

SATLEJ VALLEY

Though I intended to go to Manali から, さらに北の Gondla and Udaipur まで, 行ってくるつもりでいましたが, 標高 4,000m の Rohtang Pass は, すでに雪で閉ざされて越えることができないとわかり, 急遽、night bus でSimla に向かうことにしました. ところが this bus が途中で故障してしまい, 人里離れた所で bus の中の一夜を過ごしました.
明け方に代わりの bus がやってきて, Simla へは朝の 5時に着く予定が, 10 o'clock となってしまいました. Simla からはバンの taxi を 5days やとい, Narkanda や Sarahan に泊まりながら, あちこち寄り道をしつつ, 中国寄りの Recongpeo まで往復する旅です. 走行距離は全部で約 600km でしたが, 山の道なので, 時速は 25km in average です.

I visited many wooden temples and revisited some temples. その中で一番驚いたのは, Maheshwara temple at Sungra です. 屋根板まですべて木でつくられた素晴らしい寺院が, 雨風にさらされていた in 5years に, すっかり黒ずんでしまいました.
板屋根がスレートに葺き替えられ, 近年はトタンに変えられる寺院が多くなっているのも, 村人にとってはやむをえない処置なのでしょう. しかしもっと残念なことは, 古びた木部に, 極彩色の塗装をほどこすことが流行していることです.


Maheshwara temple being painted on the wall, Sungra

Himalaya の primitive な木彫部分が red, blue, yellow と塗り分けられている姿は, キッチュを通り越してマンガチックになってしまいます. どうやら南インドの影響のようですが, Himalaya の文化財保護行政は, いったいどうなっているのかと、情けない気持ちになります.
交通が次第に便利になり, 人や情報が行き来するにつれて, その地にふさわしい, tradetional buildings が破壊されていくのを見るのは, つらいことです. 雪山とヒマラヤ杉に囲まれた雄大な自然景観に, 調和して建っている temple architecture in wood に, どうか彩色することだけはやめてほしい, と祈るこのごろです.



CLASSIFICATION OF TEMPLE STYLES
IN HIMACHAL PRADESH

(Announced in "INDO-KOKO-KENKYU, No. 21, 1999-2000)

Many scholars or travellers as A.F.P. Harcourt, Penelope Chetwode, Mian Goverdhan Singh, and Ronald M. Bernier have classified and named the wooden buildings in Himachal Pradesh. Although I adopted one time such nomenclature as "Chalet type" and "Pagoda type" by Harcourt, I have been thinking those names inappropriate and the classifications unclear and unsuitable. So I show here my own idea of the clsassification and nomenclature adding typicla samples.

1. PENT ROOF TYPE (so called "Chalet type") : Gabled or Japanese "Irimoya" type
Lakshana Devi temple, Bharmaur, built in c.700
Shakti Devi temple, Chatrarhi, built in the 8-9th century
Sandhya Gayatri temple, Jagatsukh, 17th century, repaied recently
Dochamocha Devi temple, Gazan, 18th century (?), repaied recently
Gautam Rishi temple, Goshal, unknown date
Bantia Devta temple, Janog, unknown date Chamunda Devi temple, Mindal, 17th cntury, repaied recently

Nirmand
Ambika Devi temple of Pent Roof type, Nirmand

2. MULTI TIERED TOWER TYPE (so called "Pagoda type") : Similar to Japanese or Nepalese Multiple tower type
Parashal Rishi temple, by Parashal lake, built in the 14th century
Manu Rishi temple, Shainshal, c.17th century
Triyugi Narayan temple at Dyar, 17-18th century
Adi Brahma temple, Khokhan, 1753
Hidimba Devi temple, Manali, after 1553
Tripurasundari temple, Nagar, reconstructed in 1990
Adi Purkha temple, Tihri, built in the 14-15th century

Khokan
Adi Brahma temple of four tiered tower, Khokan

3. COMPOUND TYPE (Pent Roof + Multi Tiered Tower) : Wooden version of [Garbhagriha + Mandapa]
Mahadeva temple, Behna, 16-17th century
Jageshwara temple, Dalashk, unknown date
Maheshwara temple, Sungra, unknown date
Durga temple, Manan, unknown date
Dhaneshwari Devi temple, Nithar, unkown date
Bijata Devta temple, Bihar, unknown date

Dalash
Jageshwara Mahadeva temple of Compound type, Dalash

4. SQUARE TOWER TYPE (Temple Tower) : Origin is the Himalayan house (1F for animals、2F storage、3F residence)
Rairemool Devi temple, Khadaran, unknown date
Badrinatha temple, Kamru, unkown date (originally also a fort)
Bhimakali temple, Northern Sarahan, (orifinally also a fort), 18-19th century
Bijat temple, Southern Sarahan, unknown date
Yogini temple at Chaini (originally also a fort), 17-18th century
Piri Devi temple, Jubbal, c.17th century

Gazta
A small temple of Square Tower type, Gazta

寺院の建設年代については, O.C. Handa の記述などをもとにしているが、実際のところ, 木造建築は絶えず手をいれられるものであり, まして屋根板まで木で造られていれば傷みは激しく, 建て直されることもたびたびであるから, 正確に記すことはむずかしい. 各寺院の文書記録がどこまで残されているのかも明らかでないが, それらは郷土史家の調査と報告を待つしかないだろう. 近年は装飾化が進み, 棟木の上に複雑な形の小屋根を載せるのが流行している.

これらの寺院形のうち, temple tower (角塔型の寺院) が, 一番問題をはらんでいる. 大規模なものは, 大体において城の天守閣と兼用されていて, India の独立後に小国群が消滅して, 寺院機能のみ残すことになったり, 放棄されて崩落してしまったりしたものと思われる. しかし一方では, 合掌型または複合型の寺院と組み合わされて, bhandar (sacristy) として用いられている場合も多く, 形態と機能とは, 必ずしも明確に一致するものではないようである.

Chaini
Village and the Temple Tower, Chaini

寺院に転用されずに残った角塔型の建物としては, 北方の Rothang Pass を越えた Lahaul 地方の, Gondla の要塞がある. 記録によれば、ここでは Tibet 仏教の諸尊が祀られていたというから, Buddhism と Hinduism との宗教混交も行われていた. 東の Kinnaur 地方でも宗教混交が見られるが, Labrang を超えるとその北には角塔型の建物が見られなくなるので, 角塔型の起源が Tibet 仏教圏ではないことは明らかである. 解明すべきは, やはり西方との影響関係であろう.



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